“しあわせ品質”を追求していくために、 社員にとって働きがいのある企業を目指して

熊谷組では、サステナビリティへの取組みを広く社会に伝え、そこで得たさまざまな声を経営に活かしていきたいと考えています。このような活動の一環として、2023年4月13日、有識者意見交換会を実施しました。昨年に続いて第2回目となる今回は、サステナビリティ経営における取組みに加えて、長時間労働の上限規制への対応をクローズアップ。始めに、代表取締役社長の櫻野が熊谷組のサステナビリティに関する考え方や活動を紹介し、その後、笹谷秀光氏がファシリテーターを務め、有識者の方々と経営陣が活発に意見を交えました。

有識者意見交換会参加者

有識者(写真前列左から)
鈴木  亮 氏 日本経済新聞 編集委員
浜田 紗織 氏 (株)ワーク・ライフバランス 執行役員 ワーク・ライフバランスコンサルタント
名和 高司 氏 一橋大学大学院 経営管理研究科 客員教授

ファシリテーター(写真前列右)
笹谷 秀光 氏 CSR/SDGsコンサルタント、千葉商科大学 基盤教育機構 教授

熊谷組取締役(写真後列左から)
土木事業本部長 岡市 光司、管理全般 日髙 功二、土木全般副社長 嘉藤 好彦、社長 櫻野 泰則、建築全般副社長 小川 嘉明、建築事業本部長 上田 真

意見交換会の冒頭、社長の櫻野がサステナビリティに対する考え方や活動を紹介しました

<熊谷組のサステナビリティ経営>
●2019年4月「ESG取組方針」を策定し、以降取組みを推進
●2021年8月 ESG・SDGsマトリックスを作成し、事業活動とSDGsを関連付け
●第1回有識者意見交換会での指摘を受け……
*個人の評価表に、自己の取組みを宣言する「MY SDGs」の項目を追加
*ポスターやアンケート、各種のフォーラムや講演会を通じた社内外への情報発信の強化などの活動を実施

<時間外労働の上限規制への対応>
●2018年4月「働き方改革アクションプラン」を制定、長時間労働の是正、年休取得の促進、柔軟な働き方の促進に一定の成果
●2024年4月に適用される時間外労働の上限規制基準に未到達
●2023年4月「働き方改革アクションプラン2023」を制定、1年前倒しで時間外労働の上限規制への対応に取り組む

[サステナビリティへの取組みに対する評価]

真摯な姿勢は高く評価。さらに「攻め」の取組みを期待したい。

笹谷 櫻野社長から熊谷組のESG・SDGsマトリクス活用などの取組みについての紹介がありました。昨年の有識者意見交換会での内容も反映されていますが、皆さんはどうお考えですか?(参照 2022年6月開催 有識者意見交換会

名和 私が素晴らしいなと思ったのは、笹谷さんがおっしゃるように、前回の意見交換会で指摘された内容を熊谷組の皆さんがとても真摯に受け止めて、着実に実践していることです。ただ、SDGsに関わる取組みについては年々社会の要求度が高まっています。環境課題にしても、最近では「カーボン“ニュートラル”」に加えて、「ネット“ポジティブ”」といった+αの目標がクローズアップされています。したがって、熊谷組にも「守り」ばかりでなく、さらにポジティブな「攻め」の活動をこれから期待したいですね。

鈴木 私は今回の意見交換会にあたって、改めて熊谷組の財務データを調べてみたのですが、熊谷組の財務の健全性は国内の建設業界でも指折りのレベルで、海外の機関投資家からの評価も高い。言うまでもなく、健全な財務はサステナビリティ経営の大前提ですよね。熊谷組は、この強みをもっと訴求してもよいのではないでしょうか? 最近、日本企業の改革の一環としてPBR(株価純資産倍率)が注目されていますが、建設業界のほとんどの企業が東京証券取引所の基準として掲げるPBR1倍に届いていません。たとえば、熊谷組がこの基準をいち早く満たして、財務の健全性をアピールする。このような一点突破的な取組みも有効だと思います。

笹谷 浜田さんは熊谷組の意見交換会への参加は今回が初めてですね。熊谷組の取組みを聞いてどう感じましたか?

浜田 まず感じたのは、経営層と社員との間で対話がしっかりとなされていることです。そのような取組みを、今回の意見交換会のようにオープンに公開していることが素晴らしいと思います。また、社員の個人目標とSDGsの項目を関連させる「My SDGs」のように、経営戦略の一環として推進していることでも前向きですね。

だからこそと思うのですが、このような取組みを社員一人ひとりが「自分ごと」として普段の仕事の中で実践していけるような環境づくりが大事ではないでしょうか? さらには自分で実践するばかりでなく、他の社員の活動から刺激を受けたり共有したりする仕組みなども取り入れると、応援しあう姿勢が生まれ、SDGsへの意識がさらに高まると思います。

「今後、さらにポジティブな ”攻め” の活動を期待したい」名和 高司氏
「海外の機関投資家からの評価も高い熊谷組の財務を、もっと訴求してもよいのでは?」と語る、鈴木 亮氏

[サステナビリティ経営を進化させていくためのヒントは?]

日々実践すべきことを社員にわかりやすく伝えることが重要

笹谷 名和さんからSDGsに関わる社会の要求レベルがどんどん高まっているという話が出ましたが、熊谷組がステップアップを続けていくためには、どのようなことが大事だと思いますか?

名和 そうですね。“ランナーズハイ”という言葉がありますよね。最初は多少大変でも続けて走っているうちに幸福感がやってくるというものです。私はこれと同じように、SDGsの取組みにも“ワーカーズハイ”のようなものがあると思うのです。熊谷組も、このような体質に早く変容することを目指すとよいと思います。

また、私は最近、企業での取組みについて「プリンシプル(principle)」という言葉をよく使っています。わかりやすく日本語にすると「行動原理」や「価値観」といった意味でしょう。「パーパス(purpose)」のような高い目標も大切ですが、それを実践していくためには、日々の仕事の中で何を実践すべきかを社員にわかりやすく伝えることも大事。先ほど紹介のあった「My SDGs」の活動についてもその姿勢が欠かせないと思います。

笹谷 鈴木さんからは「財務の健全性」という非常に重要な意見が出されました。SDGsの目標・ターゲットには非財務の領域も多く盛り込まれていることもあって、最近、経営戦略でも非財務の活動がクローズアップされがちです。しかし、こうした活動も財務的なメリットと紐付けされないと持続しません。

名和 笹谷さんがおっしゃるとおりで、今回の意見交換会におけるもう一つのテーマである長時間労働という課題についても、健全な財務があってこそ正面から取り組むことができるのだと思います。

笹谷 浜田さんからは、「My SDGs」といった施策の推進の際には「自分ごと」とすることが大事だという話がありました。そのための何かヒントはありますか?

浜田 そうですね。「自分ごと」とするためには、自分自身で考えるための場や刺激も必要です。その点、熊谷組では経営層からのメッセージなども熱心に発信していますね。

櫻野 はい。先ほどから話題に出ている「My SDGs」に関連して、社長の私や本部長・支店長からのビデオメッセージを制作して社内のサイトで発信しています。社員たちの評判もなかなかよいようです。

笹谷 社員との関係を尊重する姿勢は、熊谷組がずっと大切にしてきたカルチャーでもありますよね。名和さん、海外の企業は、どのように取り組んでいるのでしょうか?

名和 最近欧米でよく読まれているビジネス書『THE HEART of BUSINESS』の著者が印象的なことを語っています。人材は「resource」ではなく「source」なのだと。つまり、資本ではなく、企業におけるすべての源であり、それが最終的にはステークホルダーの利益にもつながるというのです。この考え方は、日本に古くからある経営哲学、「三方よし」に非常に近い。海外の先進的な企業は、かつて日本企業が大切にしてきた良さを学んでいるように思います。

笹谷 それもまた熊谷組のサステナビリティ経営にとって貴重な意見ですね。前回の意見交換会でクローズアップされたESG・SDGsマトリクスによる整理がさらにバージョンアップしています。このマトリクスは社外への活動の「見える化」にも社内の「自分ごと化」にも役立つので、これをフル活用してサステナビリティ経営をさらに進化させていってほしいと思いますね。

ファシリテーターの笹谷 秀光氏
ビデオメッセージなど社内のさまざまな取組みについて説明を行う、社長の櫻野

[長時間労働の上限規制への対応について]

社員の働きがいをフォローアップする仕組みづくりを考える

笹谷 続いて、2つ目のテーマである「長時間労働の上限規制への対応」について意見を交わしたいと思います。櫻野社長の説明では、2024年4月から適用される規制に対し、熊谷組では1年前倒しして「働き方改革アクションプラン2023」を策定され、その行動に取り組んでいるということでしたよね。

浜田 前倒しでアクションを起こしていることは、とても評価できると思います。この行動でもポイントになるのは、社員一人ひとりの行動にどう落とし込んでいくかでしょう。

また、先ほど櫻野社長から時間外労働のデータが紹介されましたが、このようなデータは平均値ばかり見ていると実態が掴めない場合があります。長時間労働では、スキルの高い人、やる気のある人に仕事が集中し、その結果、特定の人たちの残業時間が増えるという課題があります。そのためには、属人化の解消と言いますか、仕事が人に付いている状態から、逆に仕事に人を付けて、みんなで分担できるように仕事のやり方を変えていくことも重要です。

鈴木 長時間労働という課題を解決する糸口としては、熟練社員の技術や知識をAIやロボットを利用して継承するなど、まずITの活用があげられます。さらに私は、女性の活躍も一つの切り口になるのではないかと思っています。その現場に女性が増えてくることで働き方そのものが変わってくるはずです。熊谷組は、「なでしこ銘柄」にも選定されるなど、女性活躍についても熱心に取り組んでいます。そこを一つの突破口にしてみてはどうでしょうか?

名和 浜田さんが指摘した属人化の解消については、私も重要だと感じています。私は「匠の仕組み化」と呼んでいるのですが、この課題を解決しないかぎり働き方改革は先に進まないと思いますね。

岡市 まさにおっしゃるとおりで、私が担当する土木事業でも属人化は大きな課題となっています。ベテラン社員の持っているノウハウを若手にうまく伝えられない傾向があるのです。何か良い解決策はないものでしょうか?

名和 先ほど鈴木さんがあげたITの活用は一つの糸口になると思いますね。たとえば、ベテランの技術をITの活用により見える化するなど、その役割を若手に任せるわけです。若手が熱心に学ぶ姿勢を見せればベテラン社員も積極的になるのではないでしょうか?

上田 建築事業でも、建設機械の自動化など、IT活用については積極的に取り組んでいます。しかし、どうしてもITの力だけでは解決できない面があって、そこが悩ましいところなのです。たとえば設計部門では、お客様の要望に可能な限り応えたいという気持ちから設計変更を重ね、それが長時間労働につながってしまう。施工の現場では、安全の管理などどうしても自分の足で歩いて目で確認する必要がある。こうした姿勢は仕事のやりがいでもあるので、減らすことはできても、なくすことはできないと思うのです。

日髙 その難しさは私も実感しています。現場を見てみても、責任感の強さから所長クラスの年配の社員ほど長時間労働の傾向があります。しかし、その責任感の重さは働きがいでもあるので、上限規制だからと単にルール化するだけでは納得できないはずです。働きがいをフォローアップするような仕組みをちゃんと考えないと、熊谷組の良いところが失われてしまうと思うのです。

浜田 その解決のための一つのヒントとしては、属人化を解消し、技術の継承を担うマネジメント層がプライドを持って働けるように、人事の評価基準を見直すことがあげられると思います。また、建設業界では、「人時」のように現場の規模を人単位で捉える慣習がありますよね。こうした基準を変えていくことも、長時間労働の解決につながるのではないでしょうか?

「ITの活用が若手とベテランの架け橋になる」と語る、名和 高司氏
建設業界の慣習変革の必要性についても忌憚(きたん)なくお話ししてくださった、浜田 紗織氏

[働き方改革を進めていくために意識すべきこと]

「稼ぐ」「削る」ばかりでなく、「防ぐ」を忘れてはならない

名和 ある総合商社では、商いの三原則として「稼ぐ・削る・防ぐ」を掲げています。「稼ぐ」は、鈴木さんが指摘した健全な財務のための一番大切なことです。「削る」は、無駄な仕事をなくす業務の効率化。そして忘れてならないのが「防ぐ」です。今、上田さんが言った安全管理はまさにこの「防ぐ」であり、たとえどんなに「削る」を進めても、このことを怠ってはいけません。万が一安全が損なわれたりコンプライアンスで問題が発生したりすると、企業としての信頼を失ってしまいます。

小川 名和さんがおっしゃるこの3つの言葉は、とても貴重な意見だと感じます。確かに長時間労働を「削る」ことは重大な命題ですが、その一方で「稼ぐ力」が低下し出来高を伸ばすことができない、「防ぐ」意識が薄れ、やりがいが失われてしまうようでは企業価値が向上しないと思うのです。一方、長時間労働の問題は、定常業務の改革やデジタル化など、全社的な取組みによって解決できる部分も多い。経営会議でも積極的に話し合っていきたいと思います。

嘉藤 建設業は「一品生産」と言われますが、それぞれの現場をよく見ていくと、ある程度共通する定型的な業務も多いのです。このあたりをデジタル化して標準化を進めていきたいと考えています。

これは管理部門での話ですが、最近、手間のかかっていた交通費や出張経費の精算に新しいシステムを導入して、社内でも評判がとても良いのです。若手社員からの提案による改革ですが、新しい会計ソフトを導入するばかりでなく、社内の仕組みまですべて変えました。

定常業務の効率化を進めることによって、社員たちは社会を支えていこうという本来の仕事により多くの力を注げるようになります。社員たちが幸せを感じて、やりがいを持って仕事に取り組めるように変革を進めていきたいと思います。

笹谷 この長時間労働という課題は、SDGsの目標にもさまざまに関連してきます。目標8の「働きがいも経済成長も」はまさに今議論していた内容そのものですし、その実現のためには目標4や9、17なども関わってきます。ぜひ、全社で話し合って推進していってほしいですね。

「社員たちが幸せを感じて、やりがいを持って仕事に取り組めるように変革を進めていきたい」という嘉藤副社長の言葉は、経営陣すべての想いでもある

[熊谷組へのメッセージ]

経営層としての本気度をいかに社員たちに伝えていくか?

笹谷 総合すると、最近課題の「人的資本」やSDGsでも重複するWell-beingが経営上のキーになるということですね。最後に皆さん、今回意見を交わしてみて熊谷組のサステナビリティ経営について、どのような印象を受けましたか?

浜田 長時間労働という課題については、1年前倒しでアクションを起こしているわけですから、2024年4月からの本番に備え、思い切ったトライをしてほしいですね。

また、先ほど「ワーカーズハイ」という話が出ましたが、脳科学的に見ても人間が集中力を発揮できる時間は起床から13時間以内と限られていて、夜の残業ではなく昼間にこそクリエイティブな仕事に集中すべきだそうです。さらに、心の疲れをしっかりとるためには睡眠も大切。このあたりも考えながら、熊谷組らしい働き方改革を進めてほしいと思います。

鈴木 私はこれまで新聞記者として数多くの会社を取材してきましたが、働き方改革のような取組みをいかに浸透させるかは経営層の本気度が鍵を握ると感じています。今日、皆さんの話を聞いていて、熊谷組には非常に期待ができると思いました。

名和 今日話し合っていて改めて感じたのは、熊谷組の経営層が社員たちの働きがいをとても大切にしているということ。そこで一つ提案なのですが、今進めているアクションプランの名称に「働き方改革」とありますが、それを「働きがい改革」に変えてみるのも面白いのではないでしょうか? 社員たちがプライドを持ってよい仕事をしているつもりなのに、その働き方を頭ごなしに変えていこうと言われると、ぐっと詰まってしまいますよね。そうではなくて、もっと働きがいのある仕事をしていこう、みんなで熊谷組らしい「しあわせ品質」を追求していこうという行動にすれば、さらに前向きな循環が生まれると思うのです。

笹谷 今回の意見交換会もたいへん深い議論を交わせたと思います。今日、いくつか重要なキーワードが出てきたと思いますが、気がつくとほとんどが「人」に関わることなのですね。SDGsを盛り込んだ国連合意文書「2030アジェンダ」の冒頭部分「我々のビジョン」のひとつに「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉が出てきます。これは人としての心身ばかりでなく、社会的な幸福を意味する言葉です。熊谷組が取り組むサステナビリティ経営はこのウェルビーイングに通じるものがあり、正しい方向に向かっていると感じています。

櫻野 今日は貴重なご意見をいろいろ聞かせていただき、ありがとうございました。私が今一番悩んでいることは、トップとしての本気度をいかにしたら社員たちに伝えられるかということです。役員たちからも話が出たように、社員たちの多くは誇りを持って真摯に仕事に取り組んでいます。その一方で、長時間労働のように解決しなければならない課題があることも事実です。このような状況のなか、社員たちの期待に応えるために経営層として新たな改革を決断し、目指すべき方向性をいかに示していくか? そのための大切なヒントを今日の意見交換会で数多く得ることができたと思います。社員たちの声も活かしながら、熊谷組らしいサステナビリティ経営を実践していきます。

意見交換会当日の様子