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北陸新幹線 飯山トンネル―世紀の難工事、不可能を可能にした挑戦者たちの物語

- はじめに
- 髙橋 秀典(たかはし ひでのり)
- 近藤 祐二(こんどう ゆうじ)
- 杉本 憲一(すぎもと けんいち)
- 中澤 謙太郎(なかざわ けんたろう)
- 土谷 昭仁(つちや あきひと)
- 鉄道建設・運輸施設整備支援機構北海道新幹線建設局 都築 保勇 局長
- 実績紹介(長野~敦賀間)
- その他実績紹介(長野~敦賀間)
- 仕事ピックアップ
2026年1月24日(土)NHK「新プロジェクトX~挑戦者たち~」にて「半世紀の悲願 北陸新幹線~飯山トンネルを穿(うが)て~」が放送されました。
半世紀の悲願でもあった「北陸新幹線」の開通。熊谷組はこの困難な工事(難所難物)に挑戦し、歴史的なプロジェクトの成功に貢献しました。
本プロジェクトの挑戦者たちの対談やエピソード、工事中の裏話など、番組に入りきらなかったここでしか見られないコンテンツをぜひお楽しみください。
はじめに
2015年に開業した北陸新幹線、長野~金沢間。その道のりには、日本の建設史に残る数々のドラマがありました。中でも、全長22.2kmにおよぶ飯山トンネルの建設は、建設業界で「世紀の難工事」として語り継がれる、壮絶な挑戦の舞台となりました。
飯山トンネルは、6つの工区に分かれて施工されましたが、その中でも熊谷組が担当した富倉工区(延長4,554m)は、最も過酷な現場として知られています。超膨張性地山、最大1.1MPaに達する高圧可燃性ガス(メタン)、原油の湧出、そしてトンネル内空変位が1m近い変形など、数々の困難に直面しました。
これらの困難を突破するため、熊谷組は富倉工区で「多重支保工法」をはじめとする新技術を開発・採用し、その有効性が実証されたことで、後に飯山トンネルの他工区へ展開されていきました。長尺鏡ボルト、早期全断面閉合など、富倉工区で採用された技術は、飯山トンネル全体の施工を支える基盤技術となったのです。
そして2003年9月、隣接工区で突如として発生した大規模な崩落事故。大量の土砂と水が流れ込み、掘削は完全にストップ。復旧方法に苦慮するほどの出口の見えない絶望的な状況の中、熊谷組と協力会社である笹島建設の技術者チームでこの難工事の復旧に挑みました。
崩落部への掘削は、途中、1年に及ぶトンネル切羽からの薬液注入工を経て2007年7月に無事貫通を迎えることが出来ました。
今回、この歴史的なプロジェクトを成功に導いた5名のキーパーソンにお話を聞きました。


髙橋 秀典(たかはし ひでのり)


経歴
株式会社熊谷組 北陸支店 土木部 担当部長
1977年入社。
名古屋支店土木部配属後、篠ノ井線複線化工事第一白坂トンネル、板取工事所などの難工事に従事。
1998年より飯山トンネル作業所副所長、2006年からは同作業所長・現場代理人を務める。
その後も山梨リニア実験線、北陸新幹線新北陸トンネル、北海道新幹線など、日本の大動脈を築くプロジェクトの所長を歴任。
現在はその豊富な経験を活かし、次世代のトンネル技術者の育成と高度な専門知識の伝承に尽力している。
「我々がやらねば、誰がやる」極限で見せた「不屈」のリーダーシップと、次世代への願い
飯山トンネルの復旧工事の依頼が舞い込んだ時、正直に言えば、私の脳裏を最初に過ったのは「嫌だ」という率直な拒絶感でした。しかし、いざ現場を直視した瞬間に、腹が据わりました。「我々が持つ技術と経験を結集すれば、必ず乗り越えられる。これを成し遂げられるのは、我々しかいない」その使命感が、私を「世紀の難工事」へと突き動かしました。
現場では長年の経験に裏打ちされた「山の声」を聴ける作業員の知恵が絶対に必要だと考えました。最新のデータ解析も重要ですが、それ以上に笹島建設の土谷さんのようなベテラン作業員が持つ感覚を信じていました。組織の壁を越えた最高の「ワンチーム」を編成することこそが、私の最初の仕事だったからです。
現在、私は後進の育成にあたっていますが、若い技術者たちに伝えているのは単なる工法ではありません。「どんな困難に直面しても、勇気を持って立ち止まり、知恵を絞れば必ず道は拓ける」ということ。飯山で私たちが証明した、この「決して諦めない精神」です。かつて私が震える手で下した決断の一つひとつが、今の北陸を走る新幹線の鼓動となっている。その誇りを胸に、これからも次世代の「トンネル屋」たちを温かく、時に厳しく見守っていきたいと思っています。
近藤 祐二(こんどう ゆうじ)


経歴
株式会社熊谷組 名古屋支店 作業所長
1985年入社。
新潟営業所土木部配属後、北陸新幹線五里ケ峯トンネル、県営林道読書トンネルなどの難工事を経て、2006年より飯山トンネル作業所副所長・監理技術者を務める。
その後、東九州自動車道や北陸新幹線新北陸トンネルに従事。近年では、能登半島地震・奥能登豪雨の災害復旧において、地域インフラや農地の再生という重責を担った。これまでに掘り進めたトンネルの総延長は20.48kmに達する。
現在は長野県のトンネル作業所長として、現場の最前線で指揮を執っている。
理論と経験を繋ぐ「潤滑油」としての矜持
飯山トンネルの復旧という前代未聞のプロジェクトにおいて、副所長だった私の役割は、髙橋所長が大局的な判断に集中できるよう、現場の隅々にまで目を配ることでした。いわば、チームの「潤滑油」のような存在でありたいと常に意識していました。
現場では、データと理論を重視する若手と、長年の経験こそがすべてと語るベテラン作業長の意見が、真っ向からぶつかることもありました。どちらも「安全に、かつ早く進めたい」というゴールは同じなのです。双方の言い分をじっくり聞き、それぞれの背景にある「想い」を汲み取って通訳し、根気強く対話を促すことで、バラバラになりかけたプロたちの視点を、一つの「建設的な議論」へと導くことが私の仕事でした。
この「誰かのために、地域のために」という想いは、近年の能登半島地震や奥能登豪雨の災害復旧現場でも変わりません。新幹線のようなプロジェクトから、日々の暮らしを守る農地の復旧まで、私が向き合うのは常に「人」です。20kmを超えるトンネルを掘り抜いてきた歩みの中で築いた信頼を糧に、今も一丸となって、新たな道を切り拓いています。
杉本 憲一(すぎもと けんいち)


経歴
株式会社熊谷組 土木事業本部 トンネル技術部 部長
1989年入社。
横浜支店土木部配属後、北海道支店を経て、2000年より飯山トンネル作業所にて工務主任・主任技術者として従事。若手ながら崩落事故からの復旧計画立案という重責を担う。
2009年からは山梨リニア実験線の監理技術者、その後は北海道新幹線二ツ森トンネルの作業所長。
現在は本社トンネル技術部の部長として、全国のトンネル建設の計画や施工を統括し、プロジェクトの成功に向けた技術的な指揮を執っている。
技術者の挑戦「データと知恵」で、不可能に挑む
「自分のキャパシティを完全に超えている」飯山トンネルの復旧計画を任された時、若手だった私はその重圧に押し潰されそうでした。しかし、技術者として逃げるわけにはいかない。私は、見えない地盤を可視化するため、無数のボーリング調査を三次元解析し、緻密な薬液注入計画を立てました。理論とデータこそが、自然の脅威に対抗できる唯一の武器だと信じていたからです。貫通後、土谷作業長からいただいた「一番掘りやすかったぞ」という言葉は、今も私の技術者としての誇りです。
飯山での経験は、その後の現場でも私を支えてくれました。山梨リニア実験線の工事では、わずか2m~14m程度という極めて薄い土被り(トンネルの上の土の厚み)の中、頭上の高圧鉄塔や民家に影響を与えないよう、細心の注意を払って掘り進めました。また、所長として挑んだ北海道新幹線二ツ森トンネルでは、4,780mを46ヵ月で掘削し、平均月進100m超という全40工区中でトップの施工進捗を記録しました。
現在は本社で全国のプロジェクトを統括していますが、かつて現場で感じた「技術で不可能を可能にする喜び」を次世代に伝え、確かな技術を継承していくことが私の使命だと考えています。
中澤 謙太郎(なかざわ けんたろう)


経歴
株式会社熊谷組 土木事業本部 営業統括部 営業部 総括部長
1996年入社。
名古屋支店配属後、1998年より飯山トンネル工事所に配属。機電担当として「世紀の難工事」で経験を積む。
その後、主任として複数の現場を経験。一本松トンネル変状対策工事では現場代理人兼監理技術者を務めた。
名古屋支店の営業総括部長、土木部長を経て現在は本社の営業総括部長として、全国のプロジェクト支援や営業戦略の立案・推進を担い、事業拡大の舵取りを行っている。
現場の「生命線」を守り、誠実に次なる道を切り拓く
飯山トンネルの崩落現場。大量に噴き出す湧水を見た時、私は「この下り勾配のトンネルで排水が滞れば即、現場が水没する」という恐怖を感じました。なんとしてでも水没させるわけにはいかない。そのために、想定しうる最大湧水量を上回るよう110kwの巨大水中ポンプ6台を事前に配置。ピーク時には6台のポンプがフル稼働し、現場を浸水から守り抜いた時の安堵感は、今でも忘れられません。可燃性メタンガス対策では、山の上から136mもの換気立坑を掘るという大胆な策で、仲間の安全を確保しました。
実は、飯山トンネルには竣工後にも、忘れられない思い出があります。新幹線の開業前の最終仕上げのため、再び現場に戻りました。誰もいないトンネルの中で、たった一人、黙々と補修作業を続けていたあの時間は、寂しさもありましたが、この巨大な構造物を完璧な状態で次世代へ引き渡すという、技術者としての最終責任を噛み締める貴重な経験となりました。
前例のない挑戦に挑む「熊谷魂」を肌で感じてきたこれらの経験が、現在の営業統括という立場での大きな糧になっています。現場の苦労を知っているからこそ、お客様の期待に誠実に応え、情熱を持って新しいプロジェクトを形にしていきたい。そう強く願っています。
土谷 昭仁(つちや あきひと)


経歴
笹島建設株式会社 リニア中央新幹線(大森工区)作業長
1984年笹島建設株式会社入社。
以来、40年以上にわたり全国各地のトンネル現場で作業長として活躍する「トンネル掘りの名人」。
これまでに道路トンネル8本、鉄道トンネル7本を掘り抜き、そのうち11現場が熊谷組のプロジェクトだった。
2001年、飯山トンネル富倉工区の着工にあたり、高橋所長から「一本釣り」で招聘され、最前線の指揮を執る。
現在は熊谷組のリニア中央新幹線(大森工区)のトンネル工事に従事し、日本の土木技術のさらなる発展に貢献している。
「切羽で腹を括る。」山と、仲間と向き合った40年
自分のトンネル人生は40年を超えますが、「飯山トンネルほど苦労した現場はない」と断言できます 。自分の代表作です。あの凄まじい現場での経験があるからこそ、今の自分があると思っています。
トンネルの最先端、いわゆる「切羽(きりは)」は、いつ何が起きるかわからない戦場のような場所です。崩落事故のあとの復旧工事では、怖さを感じることもありました。しかし、自分が少しでも弱気な顔を見せれば、後ろにいる若い技術者たちはもっと不安になる。だからいつも「何かあったら、自分が責任を取る。みんなは自分の言うことを信じてついてこい」と、自分に言い聞かせるように腹を括っていました。それが、現場を預かる者の責任であり、プライドだと思っていたからです。
現場では、理論を重視する技術者と意見がぶつかることもありました。でも、それはお互いが「最高のトンネルを掘る」という同じ目標に真剣だったからです。立場や専門性が違っても、互いの技を認め合い、議論を尽くす。笹島建設と熊谷組が長年築いてきたこのパートナーシップこそが、あの「不可能」を可能にした一番の力だったと感じています。
飯山トンネルは、自分にとっての「先生」でした。どれだけ経験を積んでも山にはまだ知らないことがある。そして新しい技術や知識を学び続けることがいかに大切かを教えてくれました。今はリニア中央新幹線の現場で、飯山で刻んだあの「トンネル屋の意地」を、次世代の作業員たちに背中で伝えています。


鉄道建設・運輸施設整備支援機構
北海道新幹線建設局 都築 保勇 局長
北陸新幹線(長野・金沢)は、平成10年の長野・上越間のフル規格認可から、段階的な認可と必要な工事期間を経て平成27年3月に完成・開業しました。
開業から10年目にあたる令和6年度は、上越妙高・糸魚川で年間990万人(JR西日本2025.3リリース)もの人が利用し首都圏と北陸金沢間(現在は敦賀まで)を結ぶ沿線市町にとって、なくてはならないインフラとなりました。北陸新幹線が沢山の方々の移動手段として当たり前のものとなったことは、長野・金沢間認可前から本事業に携わった者として、この上ない喜びです。
北陸新幹線(長野・金沢)の工事として最後のピースとなったのは、飯山トンネルにほかなりません。22kmあまりの飯山トンネルは、新プロジェクトXで紹介された工区以外にもトンネルの各所で課題が発生し、開業設備工事期間中の最後まで対応に苦しめられました。
番組で紹介があった飯山トンネルの難航区間を掘抜き完成できたのは、日本鉄道建設公団の先輩方が鍋立山や青函トンネルなどで得た技術的知見を基礎とし、学識経験者、機構、ゼネコン、調査会社、鉄道事業者など関係者による喧々諤々の議論の積み重ねと、ゼネコンによる最新技術のトライアル・計測検証フィードバック、そしてトンネル施工会社の熟練した技術・技能、これら技術の粋を集めた結果であり、関係者の誰が欠けてもなしえなかった工事でした。ここで皆が得た経験は、関係者の更なる技術力の向上とともに、人としての成長にも繋がったと確信しております。
機構としましては、必要とされる鉄道インフラを世の中に提供するため、今後も関係する方々と共に更なる技術の研鑽をしてまいりますので、ご支援とご協力をお願いいたします。
実績紹介(長野~敦賀間)
その他実績紹介(長野~敦賀間)
| 五里ケ峯トンネル(長野県埴科郡) | 長野北町高架機(長野県長野市) |
| 飯山トンネル(長野県飯山市) | 高峰トンネル(新潟県糸魚川市) |
| 糸魚川駅高架橋(新潟県糸魚川市) | 糸魚川中央川橋梁(新潟県糸魚川市) |
| 糸魚川保守設備設置他(新潟県糸魚川市) | 富山鍋田高架橋(富山県富山市) |
| 小矢部水牧高架橋(富山県小矢部市) | 新倶利伽羅トンネル(石川県河北郡) |
| 岸川雪覆い他(石川県河北郡) | 新北陸トンネル(大桐)(福井県南条郡) |
| 396k0・428k0間諸設備設置他 (福井県あわら市、坂井市、福井市) |
北陸幹山室Bi新設工事他(福井県あわら市) |
| 芦原温泉駅(福井県あわら市) |





