社外取締役座談会
「信頼」の大切さを改めて全社員で共有し、熊谷組に関わる誰もが誇りに思える会社を目指してほしい。
熊谷組では、客観的な視点を経営に取り入れ、コーポレートガバナンスの充実を図るために社外取締役を選任しています。吉田栄氏、岡田茂氏、桜木君枝氏、そして2022年6月に就任した奈良正哉氏の4人の社外取締役に忌憚のない話を伺いました。
誰もが真面目で誠実。その反面、多面性に欠けることも
吉田
奈良さん、熊谷組の社外取締役に就いて1年が過ぎましたが、熊谷組についてどのような印象を感じていますか?
奈良
そうですね。皆さん、礼儀正しくて、とても優しい。そう感じることが多いですね。これは建設業界に共通する風土なのかもしれませんが、私が携わってきた業界との大きな違いだと思います。
岡田
私も熊谷組の社外取締役に就いた時には、奈良さんと同じような印象を感じました。現在もその印象は基本的に変わりありませんね。
桜木
私は、昨年のこの座談会で熊谷組の印象を「人と人のつながりを大切にする会社」と話しました。それは「結束が固い」という言葉に置き換えられると思います。もちろん、結束はよいことではあるのですが、この1年を振り返ると、そのデメリットが出てしまったなと感じています。
奈良
取締役会の議論を見ていると、優しい反面、厳しさが足りないと感じる場面もありますね。
岡田
桜木さんが言われたデメリットとは、社内の論理を重んじて内向きになりがちということだと思います。確かに、もっと広く、社外の視点に立って捉えるという姿勢はまだ弱いと感じます。
吉田
私も、ほぼ皆さんと同意見です。おそらく今話に出たことが、第三者から見た時の熊谷組の姿なのでしょうね。誰もが優しく、とても真摯です。しかし、その反面、多面的な見方、考え方が不足しているところがある。このあたりが変わっていけば、取締役会の議論もさらに広がりが出てくるのではないでしょうか。
中長期経営戦略の決定とそのモニタリングこそが、取締役会が担うべき重要な役割
岡田
取締役会の議論そのものは活発だと思います。取締役会の前段階である、経営会議の資料や議事録を閲覧できるよう改善されており、執行の部分が見えるようになりました。
桜木
私は、中長期的な経営戦略といった経営の根幹となる議論が足りていないように思います。中長期経営戦略の決定とそのモニタリング、この二つが取締役会が果たすべき重要な役割だと認識しています。
吉田
以前に比べればだいぶ変化してきたとは感じていますが、さらに踏み込んでいくべきなのでしょうね。奈良さんは、緊張感が増すように取締役会の出席者数をもっと絞るべきだといった提案もしていますね?
奈良
私は、このような全社的な経営戦略に対する議論が足りないということは、熊谷組だけでなく、日本企業に共通する課題だと考えています。審議する議題を絞り込み、もっと時間をかける、取締役会の出席者を絞って、担当取締役が自ら責任を負って説明するといった変革も必要だと思いますね。
サステナビリティの原点に立ち戻って信頼回復に取り組んでほしい
岡田
熊谷組は2023年5月、「北海道新幹線、羊蹄トンネル(有島)他」工事における虚偽報告を公表しました。熊谷組の真摯で誠実な姿勢を高く評価してきた社外取締役としては非常に残念な出来事です。ぜひ、原点に立ち戻って信頼回復に取り組んでほしいと考えています。
桜木
熊谷組はサステナビリティ経営を進めていますが、その大前提になるのが社会からの信頼だと思います。また、先ほどから皆さんがおっしゃるとおり、熊谷組の一番のよいところは真面目で誠実であるということ。それが、今回の不祥事で大きく揺らいでしまったことはとても残念です。対応についても、社内の論理が優先されていないか、第三者から見て納得があるか、説明責任を果たしているか、社外取締役としては特にこれらに留意しました。
奈良
建設業の場合、工事における不祥事が、人命に関わるなど、社会に深刻な影響を及ぼす可能性があります。したがって、品質管理はけっして妥協することなく常に全力を注ぐべきです。また、今回の不祥事では、原因究明などのために社外の第三者を交えた委員会を設置しています。それは評価されるべきことだと思いますが、すべて外部に任せてしまわず、リスク管理能力を高めるため、自分たちで考えて行動する姿勢も大切にしてほしいですね。
吉田
今回の不祥事は、内向きになりがちという熊谷組の短所が表れてしまった結果なのだと思います。お客様との約束を守るという基本中の基本が内向きの論理によってないがしろにされてしまった。このようなことはいっさい許されないという事を全員が再認識し共有しなければなりません。
人件費はコストではなく、持続的な成長のための投資
桜木
サステナビリティに関して、少し議論が足りないと感じるのは人的資本についてです。熊谷組の処遇や人事制度は社会一般に比べてどれくらいのレベルなのか、あるいは社員はどのような意識を持って働いているのか、将来を担う人財を計画性をもって育てているのか、客観的な評価も含めてそのあたりの情報が不足していることは課題だと思います。
奈良
サステナビリティと事業は、相乗する関係だと思うのです。それが端的に表れてくるのが人的資本でしょう。人件費はコストではなく、未来への投資のはずですので、社員の処遇改善、あるいは独自の人事制度や育成プログラムを設けるとか、社員のモチベーションが高まるような環境を整えていくべきだと思います。社員のエンゲージメントを高めていくためにも、もっと議論を深めていくべきです。
吉田
そのあたりの課題は私も感じています。熊谷組ではサステナビリティ推進委員会を設けて様々な取組みを進めていますが、取締役会でもさらに活発に議論すべきでしょう。
岡田
その一方で、SDGsへの取組みなどでは着実に成果を上げていると思います。昨年、私はSDGsを「会社事」ではなく「自分事」として捉えてほしいと伝えましたが、この春からスタートした「My SDGs」などは、まさにそれを具現化するような取組みだと考えています。
桜木
この「My SDGs」もそうですが、熊谷組はどちらかというと、ボトムアップ的な動きが得意な会社のような気がします。それはとても素晴らしいことだと思うのですが、並行してトップダウンの動きも重要となります。私たちも含めて経営層が、熊谷組のサステナビリティをどう方向づけるのか、いかに経営戦略に落とし込んでいくのか、さらに議論を重ねていきたいと思っています。
中長期的な成長を見据えた議論を深めていきたい
吉田
熊谷組では来期から新しい中期経営計画がスタートします。取締役会でどのような議論を重ねていくべきだと考えていますか?
岡田
熊谷組の中期経営計画の策定に関わるのは、私にとって今回が初めての経験です。現状では、コロナ禍や建設資材の高騰など事業環境の激変により、中期経営計画の達成が厳しい状況になっております。このような反省も踏まえて、方針から施策まで全体像がしっかり見える計画を考えていきたいですね。また、これは執行段階の事かもしれませんが、打ち出した施策がすべて上手くいくとは限りません。その時に、次の打ち手をいかに速やかに打つかといったことにも目を配っていきたいと思っています。
桜木
事業についてはやはり執行役員の皆さんが一番知見を持っていると思います。社外取締役としては、社会や市場の動きなど事業環境がどう変化していくかを捉えることに力を注いで議論していきたいですね。ここを正しく把握しないと、計画の方向性そのものを見誤ってしまうことになりかねません。また、資本コストや事業ポートフォリオについても議論を深めていきたいと思っています。
奈良
事業ポートフォリオについては、私も同感です。土木と建築における戦略、将来像、あるいは新規事業の進め方など、これらについて実態を把握した上で話し合っていきたい。社外取締役の発言も活発ですので、かなりつっこんだ議論ができると感じています。
吉田
この4人の中では、私だけが熊谷組の現中期経営計画の策定に関わったことのある経験者になります。前回の策定を振り返ると、パーパスなど方針の検討は十分だったと思います。一方、施策については具体的な積み上げが足りず、そのギャップを埋めることができなかったことが今回の業績にも表れているように感じます。いかに「稼ぐ力」を高めるかという議論にしっかり時間をかけていきたいと思っています。
ステークホルダーから信頼される「良い会社」を目指す
桜木
今後の取組みとしては、やはり信頼関係の再構築が当面の課題だと思います。私たち経営層から社員一人ひとりに至るまでステークホルダーからの声を真摯に受け止めて再出発すべきです。私は昨年、熊谷組が「良い会社」になってほしいと話しました。一人残らず意識改革をし、ステークホルダーから信頼される「良い会社」を目指していきたいと思っています。
奈良
少し抽象的な言い方になりますが、株価や収益性、そしてサステナビリティを含めて「熊谷組ブランド」を高めていきたいですね。地域の人々からも株主からも信頼されて、熊谷組で働いていることを社員、また熊谷組に関わるみんなが誇りに思えるような会社が理想の姿だと考えています。
岡田
ステークホルダーはすべて重要でありますが、一番気にかけるべきはやはり社員だと思います。社員の誰もがモチベーション高く仕事に向き合い、家族や友人たちに自慢できるような熊谷組を目指してほしいですね。
吉田
私はこの1年間、土木や建築の現場に多く足を運ばせてもらいました。そこで改めて実感したのは、社員こそが熊谷組にとっての一番の財産であるということ。多くの社員がプライドと責任感を持って、そしてとてもいきいきと仕事に取り組んでいます。今日はいろいろ辛口の意見も出ましたが、それも熊谷組、ひいては社員のことを私たちなりに懸命に考えている姿勢の表れだと思います。社員が誰一人として取り残されず幸せを追い求められるような会社を目指し、これからも社外取締役として力を尽くしていきたいと思っています。
- 所属・役職・内容は取材当時のものです。