ステークホルダーとの対話(2026年5月12日開催)
多様な人財が能力を発揮できるウェルビーイングの実現
未来の担い手から選ばれる企業、選ばれる業界を目指して
熊谷組では、企業としての取組みを広く社会に伝え、そこで得たさまざまな声をよりよい経営に活かしていくために、有識者を交えた意見交換会を実施しています。第5回目となる今回は、「多様な人財が能力を発揮できるウェルビーイングの実現」をテーマに、「人財の確保と投資」と「建設業における担い手の確保」に焦点を当てました。始めに社長の上田が取組みの概要を紹介。その後、有識者の方々と経営陣が意見を交わしました。



人的資本経営で重要なのは、10年後を見据えた「危機感」と「ビジョン」
上田 1つ目のテーマは「人財の確保と投資」です。その中でも今日は「中間世代の人財不足」に焦点を当てて意見交換をしたいと思っています。
熊谷組の年齢構成を見ると、50代以上のベテラン、20歳以下の若手に比べ、30代・40代の中間層が少ないという課題があります。人数が少ないことに加え、この年齢層は業務的な負担も多く、毎年実施している社員エンゲージメント調査のスコアも低めです。キャリア採用の推進、若手の早期育成などの取組みを進めていますが、まだ不十分な状況だと考えています。人財不足は建設業に限ったものではないと思いますが、社員がやりがいを持って働く環境を整えるためにはどのような取組みが重要だとお考えでしょうか。
伊藤(邦) 最近、「ヒューマンキャピタルレポート」という人的資本のみに焦点を絞った報告書を発行するなど、人的資本の取組みについて積極的に情報を発信する企業が増えています。このような情報を広く社会に提供することによって採用時のミスマッチが減り、その会社がどれくらい真剣に人財に向き合っているのか、あるいは、自分が入社したら10年後にどのような姿に成長できるかを想像しやすくなります。
私が注目している取組みをもう一つ挙げるならば、ジョブポスティングです。「自己申告制度」など会社によって呼び名は異なりますが、社員が自ら手を上げて部署の異動を希望できる制度です。ある総合ICT企業では、数年間で2万を超える申告があり、そのうち3割弱が成立しているそうです。このような制度を広めることによって、社員の意識も変り、パフォーマンスの向上に繋がります。さらにそこで得たデータを別の施策に活かすことができます。
人的資本についてはどの企業でも真剣に議論していると思いますが、10年後の姿をリアルに想像できるくらいの深さが必要です。そのために大切になるのは、危機感とビジョン。この2つを常に意識することで、人的資本経営への向き合い方も大きく変わってくるはずです。
谷口 今お話にあった「危機感」と「ビジョン」は、まさに私たち経営陣に求められる姿勢だと思います。ジョブポスティングといった仕組みについては、社員面談などを通じて、本人の希望をできるだけ聞くようにしていますが、建設業の場合、職種が限定されるなど難しい面もあります。しかし、こうした取組みを社会へと発信していくことは非常に重要です。ヒューマンキャピタルレポートをはじめ積極的に検討していくべきだと思います。

社員一人ひとりが、社会に向けて、熊谷組の魅力を伝えていく
𠮷岡 私たちの世代が就職活動をしていた頃は、企業が学生を選んでいましたが、今は逆ですよね。このような時代では、企業が自らの考え方や取組みについてリアリティを持って伝えていくことが大事です。その点、熊谷組には建物や道路、トンネルなど、胸を張って伝えられる仕事がたくさんあります。ぜひ、社員の皆さんは一人ひとりが会社を代表する気持ちで、熊谷組の仕事を社会にアピールしてほしい。目の前の仕事のことはもちろん、伊藤(邦)さんが話したように、10年後の自分たちの姿を伝えていくことも重要です。
人財の確保について一つ提案するならば、一度退社した人が前向きな気持ちでカムバックできる仕組みも必要ではないでしょうか。建設業では、ついつい縦割りの組織になりがちですが、同世代など横軸のつながりをつくることも大切です。社内だけでなく、社外にもネットワークを広げることで、エンゲージメントも高まっていくと思います。
小野 私が統括する土木部門では、「入社10年目までに所長」という目標を掲げ、若手社員の育成に力を入れています。その一環として、入社5年目まで毎年集合研修を実施するなど、教育研修も強化しています。全国から同期が集まるこれらの研修は、同窓会のような役割も担い、横のつながりの場にもなっているように思います。
中には転勤が難しいタイミングの社員もいます。そこで、各人の帰属する支店を設定し、他支店の現場に出向いた時でも、必ずホームグラウンドである支店に一度戻るような制度を導入しました。このような仕組みは家族にも好評のようで、定着率も向上しています。
年々増加する女性技術者についても、安心して働けるための仕組みづくりを進めています。毎年実施している女性技術者交流会では、ライフイベントに合わせた働き方など、お互いの意見を交換し、そこで集めた声を新しい仕組みづくりに活かしています。現場から内勤への異動、あるいはその逆など、各人のライフプランに合わせた働き方を尊重しており、最近では30代の女性所長も誕生しています。
また、土木部門の現場は公共性が高いことも特徴です。熊谷組では、能登半島地震の復旧工事にも数多く取り組んでおり、復旧工事の現場への配属を希望する社員も多くいます。地域や社会とのつながりを実感し、仕事の誇りややりがいを高められるよう、現場での経験を大切にしています。
伊藤(邦) 今、教育研修の話が出ましたが、日本の企業はついつい研修と業務を分けて考えがちです。そうではなく、研修も「自分の価値を高めるための大切な仕事」と意識して向き合うようにすれば、効果もさらに高まると思います。
上田 伊藤(泰)さん、建築部門の取組みについてはどうでしょうか?
伊藤(泰) 建築部門では、新入社員のうち女性が占める割合が年々増加しています。さらには現場志向の社員が多く、直近では女性新入社員の約3割が現場勤務を希望しています。このような変化に対応して働き方改革を進めており、これまで現場というと仮設のプレハブ事務所がほとんどだったのですが、誰もが快適に過ごせるオフィスのような事務所づくりを今年度から進めています。
教育研修体系も刷新し、現場だけでなく、若手のうちから内勤の多様な業務も経験できるように配慮しています。さまざまな部署を経験することで将来のキャリアの選択肢も広がり、心理的安全性も高まると考えています。一方、現場のローテーションでは、各人がやりがいを実感できるように、建物が出来上がる竣工時まで一貫して担当させるようにしたいと思っています。
このような取組みについては、社員も企業説明会などを通じて学生の皆さんに積極的に発信しています。今年度は、「教育研修の充実」を入社の決め手にあげる新入社員も多く、とても嬉しく思っています。

社員たちのパフォーマンスを最大化し、長く活躍できる環境を整える
岩下 30代・40代の人財不足については、建設業だけでなく、どの企業にも共通する深刻な課題です。年齢的にも転職しやすいタイミングで、ライフイベントなどによって仕事と生活のバランスを考える時期でもあり、流動化する傾向があります。このような前提のもとに解決を図っていくためには、採用活動はもちろんですが、現在いる社員のパフォーマンスを最大化し、長く活躍できる環境を整えていくことが大切です。
伊藤(邦)さんがあげた外部への情報発信も、そのための重要な取組みでしょう。熊谷組の仕事を社会に広く伝えることは、社員のロイヤルティを高めるインナーブランディングにもつながります。また、社員がいきいきと働いていると、その姿に惹かれて熊谷組に入社したいと思う人財が増える相乗効果も期待できます。いずれにしてもこの課題については切り札となるような解決策はなく、中長期的な取組みが重要です。
上田 熊谷組で働く魅力の発信ということでは、採用活動でのインターンシップを充実させ、学生の皆さんに実際に現場を経験し、そこで働く先輩の生の声を聞いてもらうようにしています。最近は、その成果もはっきりと表れており、採用数の増加に加え、入社後の定着率も高まっています。
また、今年度から入社式を熊谷組グループ合同で行うようにしました。グループ全体で同期のつながりを醸成することができ、誇りを持って仕事に取り組める環境づくりにもつながると思います。熊谷組のみならず、グループとしてのロイヤルティを高めていくことも、私たち経営陣が担う大切な役割です。
未来に向けた担い手の確保は、業界全体で取り組んでいく重要なテーマ
上田 続いて2つ目のテーマである「建設業における担い手の確保」について意見を交わしたいと思います。現場に立つ技能労働者の不足は、協力会社も含めて深刻な課題であり、建設業界全体でベクトルを合わせて取り組んでいくべきテーマであると考えています。多様な人財が活躍できる現場づくりや生産性の向上のために何が必要でしょうか。
𠮷岡 私が以前在籍していた国土交通省では、建設業界と一体となって「新4K」(給与・休暇・希望・かっこいい)を推進しています。しかし最近、若い世代と話をしていると、「新4K」は特別なことではなく、彼らの意識はさらにその先に向いているように感じることがあります。たとえば「休暇」にしても、今の若い人たちは学校なども基本的に週休2日が当たり前で育ってきた世代なのですね。建設業は一品生産であり、天候の影響を受けやすいなど特有の条件もありますが、業界全体で担い手を確保していくためにも、熊谷組には先駆的な取組みを進めていってほしいと思います。
また、人的資本経営においては、担い手の確保とともに、DXの推進や生成AIの導入など業務の効率化も大きな課題です。私がITに期待することは3つあります。まず、現場との距離感を縮めること。ITを活用することで、離れた場所から、しかも複数の現場を管理するような体制が可能になります。次に、距離という観点では、リモート会議などの導入によって、協力会社との連携も密接になります。そして最後に、視覚的な表現が容易になるという効果です。増加する外国人技術者とのコミュニケーションもスムーズになると思います。
伊藤(泰) ICTの活用については、建築部門でもさまざまな取組みを進めています。なかでも力を入れているのが、現場の技術者にとって大きな負担となっている事務作業の効率化です。また、外国人技術者に対しては、5か国語による教育資料を用意しているほか、朝礼時の説明などに自動翻訳ツールを導入しています。現場の段差をなくすなど安全管理も徹底し、高齢の技術者にも配慮した取組みを進めています。
これらの施策は、外国人や高齢者の数にかかわらず基本的に全現場で展開するようにしています。こうした姿勢を明確に打ち出すことで、中長期的な担い手の確保にもつながると考えています。
小野 ICTの導入では、現場に根ざした視点が欠かせません。そこで土木部門では、DX推進にあたり、研究開発とは別に現場のDXを支援する部署を設けています。また、実際に成果に結びついているか、各支店が毎月チェックする仕組みを導入しています。
𠮷岡さんから「新4K」の話がありましたが、最近では建設業界も給与水準が高まり、他の業界から転職してくる人も増えています。このようなキャリア採用者の受け入れ体制を充実させることも、担い手の確保では大切だと感じています。

多様な人財が活躍できる会社を目指し、前例にこだわらないチャレンジを
岩下 外国人でもキャリア採用者でも、多様な人たちが長く働ける環境をつくっていくためには、やはり心理的安全性を高めていくことが重要だと思います。出産や育児などライフステージの変化に合わせた働き方だけでなく、さらに先のキャリアステップまで、一人ひとりが多様な働き方を選択できる環境を整えていくことが大切です。
このような柔軟な対応を、「前例がない」とネガティブに捉えがちかもしれません。しかし、将来の担い手を確保していくためには、多様な価値観の人たちが活躍できる組織づくりが必要であり、ぜひ前例のないことにもチャレンジしてほしいと思います。
上田 「担い手の確保」に関しては、建設業界全体としても取り組んでおり、小中学生を対象とした現場見学会などを実施しています。岩下さん、このような若い人たちに向けた魅力発信で、他業界での事例などあれば教えてほしいのですが。
岩下 最近では、若い社員の声をダイレクトに発信する企業が増えているようです。経営者や人事担当者を経由すると、どうしても等身大の姿が見えにくくなってしまいますよね。SNSを利用したり、採用のサイトに載せたり、各社いろいろ工夫を凝らしています。
伊藤(邦) 先ほどから話に出ているように、「担い手の確保」と現場での生産性向上はとても密接な関係にあります。たとえば社員エンゲージメントでも、統合報告書などで発表されている全体的なスコアが高い場合でも、現場だけを見ると芳しくない会社が多い。人事部門の責任者にとって異口同音の悩みだと思います。
この生産性を高めていくための考え方として「フロー」という概念があります。いわゆるゾーンに入るというか、時間を忘れて仕事に没頭しているような状態のことです。この「フロー」は、各人のスキルと挑戦度が深く関係しており、両者が高いほど生産性も高まります。この状態につなげるためには、上司が部下と対話する中で、当人の状況を意識しながらポジティブフィードバックを返していくことが大事です。そのような対話が奨励されていれば、そのことは社外にも伝わり、やがて「選ばれる企業」ということにもつながっていくでしょう。
ウェルビーイングを経営の軸として実践してほしい
伊藤(邦) 今、エンゲージメントや「フロー」の話をしましたが、これらの環境をつくり出していくために決め手となるのがウェルビーイングです。最近、このウェルビーイングという言葉をよく耳にするようになりましたが、私は企業にとって非常に重要なテーマであると思っています。熊谷組が社会から、あるいは若い人たちから選ばれる企業を目指すためにも、ウェルビーイングを単なる精神論ではなく、企業経営という文脈で見える化し、真剣に考え、実践していってほしいと思います。

𠮷岡 熊谷組にとっては、建物や道路、トンネルと同じように、「現場」も社会に向けた大切な商品ではないでしょうか。これは現場だけでなく、本社や支店の職場にも共通することですが、外部からの見え方を意識することによって、そこで働く人たちのエンゲージメントやウェルビーイングも高まりますし、ひいては「担い手の確保」にもつながっていくと思います。
自然条件が厳しく災害も頻発している日本では、建設業が担う社会的使命は非常に大きい。熊谷組はもちろん、建設業が社会から選ばれる産業であり続けるためにも、人的資本の充実に加えて、技術の研鑽にも継続的に取り組んでほしいと考えています。
岩下 これからの時代、多様な人財が能力を発揮できる環境づくりこそが競争力の決め手になります。最近、生成AIに注目が集まっていますが、その一方で、人にしかできない仕事の価値が高まっています。私は、建設の現場こそが、その仕事の一つだと思っています。米国などでは技能労働の価値が高まっており、日本でも数年のうちに同じような変化がやってくるはずです。その担い手である社員のウェルビーイングを高め、そして未来の担い手たちから選ばれる企業を、熊谷組には目指してほしいと思います。
上田 人財の確保は、私たち経営陣にとって最も重要な課題であり、日頃からいろいろと議論をしているのですが、今日、皆さんと意見を交換して、まだまだチャレンジすべきことがたくさんあることに気づきました。その中でも深く感じたのが、「10年後を見据えた危機感とビジョン」という言葉です。来年度から始まる次期中期経営計画の策定では、このような視点も含めて社員と討議を重ね、多様な人財が能力を発揮できるウェルビーイングを追求していきたいと考えています。

- 所属・役職・内容は取材当時のものです。


