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熟練工の「五感」を併せる山岳トンネル切羽AI判定システムを開発「マルチモーダル・ゼロショット切羽AI判定(MZ切羽AI判定)」
2026年08月28日
人とAIのハイブリッド評価(ヒューマン・イン・ザ・ループ)で、現場判断を「より早く・より正確に・より安全に」~
株式会社熊谷組(代表取締役社長 上田 真)は、山岳トンネル工事における切羽の地山判定について、事前の大量な教師データを必要としない「ゼロショットAI判定」を基盤とし、複数の情報源を統合して判定する「マルチモーダル・ゼロショット切羽AI判定システム(MZ切羽AI判定:Multimodal Zero-shot AI)」を開発しました。切羽写真・3次元モデル・削孔データといった定量情報に加え、これまで数値化できなかった熟練作業員の感覚情報(オノマトペ)までを統合し、AIと技術者が協働して地山を評価する点に最大の特長があります。
本システムは、国土交通省が推進する「i-Construction 2.0(施工のオートメーション化)」やインフラDXが目指す方向に沿うものであり、トンネル施工現場における「労働力不足の解消」と「肌落ち(崩落)事故ゼロ」に貢献します。

1. 開発背景
切羽の評価は、その先の工事すべてを決める
岩が硬いと判断すれば、支保を軽くし、1回に掘る長さを伸ばして速く進めます。もろいと判断すれば、支保を強固にしなければ崩れます。判断を軽く見れば危険が増え、逆に必要以上に手厚くすれば、材料も時間も余計にかかります。だからこそ、切羽の評価は正確でなければなりません。
ところが、その判断は難しい
第一に、岩の状態は見た目だけでは決まりません。表面は同じように見えても、その奥が硬いこともあれば、割れ目が走っていることもあります。
第二に、判断に使える時間が短いことです。切羽の前は落石の危険がある場所で、長くとどまることができません。掘削サイクルも待ってはくれません。
第三に、判断の「正解」が熟練技術者の頭の中にあることです。岩肌の質感、ハンマーで叩いたときの返り、湧水の出方など、言葉になっていない多くの手がかりを同時に使って判断しています。そのため、担当者が変われば評価が変わり、その技術を次の世代へ引き継ぐことも簡単ではありません。
では、なぜこれまでAIに任せられなかったのか
従来の切羽AIは、画像認識の技術を使うものでした。これは「この写真はこの評価」という正解つきの写真を、その地質について何百枚も覚えさせて(教師データの事前学習)はじめて使えるようになる方式です。
しかし地質は現場ごとに、ときには同じトンネルの中でも大きく異なります。A現場で覚えたAIは、地質のちがうB現場ではあてになりません。新しい現場に持っていくには、その現場の写真を集め、専門家が何百枚も採点し直す必要がある――この負担が、横展開の壁になっていました。
さらにもう一つ。切羽で最も多くの情報に触れているのは、実は削岩機のオペレーターや切羽監視員です。ドリルを通して岩の手ごたえを感じ、音の変化を聞き分けています。しかしその情報は数値になっていないため、これまでAIに渡す手段がありませんでした。
2. 概要 ― 2つの壁を、生成AIで越える
壁(1)事前学習が要る → 写真を覚えさせる代わりに、「基準」を言葉で教える
本システムは、生成AI(大規模言語モデル)を判定の中核に据えました。生成AIは、あらかじめ膨大な文章と画像から一般的な知識を身につけています。そこへ切羽観察の判定基準と、当社の地質技術者のノウハウを言葉で与えることで、初めて見る切羽でも評価ができます。
新人技術者に基準書を渡し、先輩のコツを教えたうえで現場に立たせるのと同じ考え方です。この方式であれば、地質のちがう新しい現場へもそのまま持っていけます(=ゼロショット)。
壁(2)感覚情報が渡せない → 言葉を扱えるAIだから、言葉のまま受け取れる
生成AIは言葉を理解するAIです。だから、数値データだけでなく、作業員が思わず口にする「キーン」「グズグズ」といった表現を、そのまま入力にできます。数値専用のAIでは扱えなかったこの経路が、写真には写らない岩の内部の情報をAIに届けます。
4つの入力と、それぞれの役割
・切羽写真 …… 割れ目の入り方、風化の程度、湧水の様子など、目に見える情報
・3次元モデル …… 切羽の凹凸や形状。写真だけでは測れない立体的な情報
・削孔データ …… 穴をあけるときのドリルの進み方。速ければやわらかい、遅ければ硬い。写真に写らない岩の“奥”の状態を教えてくれる
・オノマトペ …… 作業員が手ごたえと音から感じ取った、岩の性質
あわせて、割れ目の「向き」を自動で読み取る
岩の割れ目がどちらを向き、どれくらい傾いているか(走向・傾斜)は、切羽がどの方向から崩れるかを左右する重要な情報です。天井に向かって傾いた割れ目があれば、そこから岩が抜け落ちるおそれがあります。
これまでは、技術者が切羽のすぐ手前まで行き、クリノメータという道具で数か所を測っていました。危険な場所での作業である上に、切羽全体のうちのわずか数点しか測れません。
本システムでは、3D Gaussian Splatting(3DGS)による地質構造解析を統合し、切羽全面の走向・傾斜を自動で抽出します(特許出願中)。危険を伴うクリノメータ計測が不要となり、切羽近傍に立ち入ることなく、安全かつ精緻に取得できます(図2)。3DGSでは、モデルを構成する点(ガウシアン)の一つひとつが生成時から固有の向きを持つため、メッシュ変換などの中間処理を挟まずに、高速かつ安定した解析が可能です。切羽全体の不連続面の地質構造を精緻に把握できることから、前方地山を予測する精度の向上も期待されます。

3. 特長
(1)「ゼロショットAI」による即時稼働
特定地質に対する大量データの事前学習を必要とせず、初めて施工する未知の地質でも、初日から高い精度で地山を客観的に評価します。生成AIが評価理由を言語化するため、判断根拠が分かりやすく、若手技術者の支援・技術伝承にも有効です。本AIには当社の地質技術者のノウハウが組み込まれており、専門家の知見を反映した高精度な判定を実現しています。
実トンネルでの検証では、AIの評価は技術者の評価とよく一致しました。切羽評価点の相関係数は0.816で、これはAIの点数が上がるときに技術者の点数もほぼ同じように動く、という関係を示します。地山等級の一致率は74.0%、外れた場合もほとんどが隣の等級までにおさまり、±1等級以内の一致率は98.1%でした(令和8年度土木学会年次講演会にて発表)。

(2)「五感(オノマトペ)」を含むマルチモーダル統合
カメラ画像・3次元点群データ・ドリルジャンボの削孔データに加え、削岩機オペレーターや切羽監視員等が発する「キーン(硬い)」「グズグズ(脆い)」「チンチン鳴る」といったオノマトペ(擬音語・擬態語)や方言的表現を、自然言語処理により工学的指標へ変換して統合します(特許出願中)。
これらの言葉は、削岩機を通じて岩の内部から返ってくる手ごたえと音を、人が瞬時に要約したものです。写真では捉えられない地山内部の硬さ評価に反映することで、熟練工の暗黙知を形式知化します。
(3)人とAIのハイブリッド評価(ヒューマン・イン・ザ・ループ)
AIの評価は速く、ムラがなく、見落としがありません。一方で、想定していなかった状況――たとえば湧水が急に増えた、前の切羽と様子が明らかに違う――に対して、その意味を読みとって手を打てるのは人です。
本システムは、AIの「速度・客観性・網羅性」と、人間の「柔軟な対応・経験に基づく判断」とを相互に補完して組み合わせるものです。AIが全切羽を高速にスクリーニングして地山評価の候補とその根拠を技術者の知見を踏まえて提示し、技術者が最終的に確認・承認します。最終的な判断に至るまでの様々な段階で人の判断が介在する、ヒューマン・イン・ザ・ループ型の運用となっています。

4. 効果
・判断が速くなる …… 切羽の前にとどまる時間が短くなり、危険にさらされる時間も減ります。
・判断がぶれない …… 誰が担当しても同じ基準で評価されるため、経験の差による違いが小さくなります。
・判断の理由が残る …… AIが根拠を文章で出力するため、後から検証でき、若手技術者にとっては教材にもなります。
経験によらない客観的で高精度な地山評価により、切羽判断を「より早く・より正確に・より安全に」行うことが可能になります。ノウハウのデジタル化は、技術継承の支援や経験の浅い技術者の早期育成に寄与します。
5. 今後の展望
現在、施工中のトンネル現場で検証を進めています。今後は本システムを、重機搭載カメラによる切羽の自動3次元モデル化システム「TufmoS(タフモス)-HMC」やトンネル発破AI支援システムと統合し、切羽観察から発破設計までを掘削サイクル内で全自動・リアルタイムに行う「リアルタイム発破パターン自動判定システム(RAPID-BLAST)」として展開し(別途発表)、将来的なトンネル掘削作業の自動化につなげていきます。
お問い合わせ先
本リリースについてのお問い合わせ先
株式会社熊谷組 経営戦略本部広報部
電話:03-3235-8155
技術に関するお問い合わせ先
株式会社熊谷組 土木事業本部土木技術統括部トンネル技術部・地質技術部
https://www.kumagaigumi.co.jp/contact/tech-solution/