ステークホルダーとの対話(2024年7月8日開催)
誰からも応援される企業を目指して、新しい中期経営計画に取り組んでいく
熊谷組では、サステナビリティをはじめとする取組みを広く社会に伝え、そこで得たさまざまな声をよりよい経営に活かしていくために、有識者を交えた意見交換会を実施しています。第3回目となる今回は、これまでテーマとしてきたサステナビティ経営に加えて、「熊谷組グループ 中期経営計画(2024~2026年度)」(以下、中計)に焦点を当てました。始めに、新たに代表取締役社長に就任した上田が計画の概要を紹介。その後、笹谷秀光氏がファシリテーターを務め、有識者の方々と経営陣が意見を交わしました。
[中期経営計画に対する熊谷組の意気込み]
社員一人ひとりが“自分ごと”と考えて取り組んでほしい
笹谷 社長の上田さんから新しい中計の紹介がありましたが、改めて熊谷組の皆さんに中計への意気込みをお聞きしたいと思います。
上田 今回の中計策定にあたっては、私たち本社で策定した取組みを、支店、さらには最前線である現場の社員といかに共有するかが一番大事だと考えました。この中計を、全社員が“自分ごと”と意識して取り組んでほしいと考えています。
櫻野 私は社長を退任し2024年度から取締役会長に就きました。私の役割は、経営全体を俯瞰し、これまでの代表取締役社長の経験を活かしながら、新中計推進の包括的なアドバイス、経営や顧客の継続性の視点からの助言等を行い、計画達成に向けた全役職員の意欲を高めていくことだと考えています。
岡市 今回の中計にも関連の深い課題なのですが、当社の場合、いわゆる中堅といわれる社員の層が薄いという問題があります。そのためにも若い世代を育てていくことが重要であり、上田さんが言うように“自分ごと”として中計を考えて成長の糧にしていけるような環境を整えていきたいと思っています。
谷口 熊谷組では昨年度、初となる社員エンゲージメント調査を実施しました。中計を推進して目標を達成していくためには、その原動力となる社員一人ひとりのエンゲージメントを高めていくことが大切だと感じています。
小野 私が統括する土木事業は、中計で掲げる「稼ぐ力」「選ばれる力」を高めるうえで一番力を発揮しなければならない部門です。現場の社員の働く環境も含め、取組みを徹底していきたいと考えています。
伊藤 「稼ぐ力」「選ばれる力」において鍵を握る立場であることは、私たち建築事業も同じです。私は、新しい価値を提供するプラスαの提案力を鍛えていきたいと考えています。また、社員には「中計は社外に対する私たちのコミットメント」であることを改めて伝えています。
[中期経営計画に対する有識者の意見]
社員の力を“10倍化”するために「組織開発」に力を注ぐべき
笹谷 熊谷組の新しい中計に対して、有識者の皆さんはどのようにお考えですか?
名和 中計で掲げている「稼ぐ力」「選ばれる力」を高めるためには、「人」の力が重要です。しかし、社員一人ひとりが頑張るだけではなかなか企業価値は上がりません。その社員の力を“10倍化”するためにも、人財開発に加えて「組織開発」に力を注ぐべきだと私は考えています。熊谷組には創業以来100年を超える歴史の中で培ってきた組織の力があります。それを“見える化”し、さらに深めて熊谷組流の組織開発に取り組んでほしいと思っています。
鈴木 もしも中計が3回連続で目標未達になってしまうと、マーケット的に非常に厳しい視線が集まります。事業環境が厳しいのは建設業界に共通することではありますが、やはり今回の中計は目標必達の姿勢で取り組むべきです。それからもう一つ投資家目線で話すと、株主還元については、自社株買いも含めて総還元性向を意識してほしいと思います。
マーケットでの注目を集めるためには、かつての「黒部の太陽」の大町トンネルのように、熊谷組の新しい象徴となるような挑戦も大切ではないでしょうか。住友林業(株)が進めている木造超高層建築の開発構想「W350計画」では、熊谷組が蓄積してきた高層建築や土木工事のノウハウを融合させ、新たに大きな市場を開拓できる可能性に期待しています。いずれにしろ、私は、熊谷組はマーケット的にもまだまだ成長余地のある会社だと考えています。
小野塚 今皆さんのお話を聞いていて、「取締役会」がどのような役割を担っていこうと考えているのかをもう少し深掘りしてお聞きしたいと感じました。
取締役会の役割は、ESGの中ではGにあたります。このGは、ESGを家にたとえると、「屋根」のようなとても大切な役割を担います。その家の中にEとSがあるようなイメージを私は思い描いています。取締役会は、この「屋根」として熊谷組の経営方針の策定と執行をモニタリングするという重要な役割を果たさなければならないのです。
中計についてはとてもよく練り込まれていると思いますが、「稼ぐ力」「選ばれる力」を高めるためにどの部分が競争力なのか、あるいは差別化になるのか、そして稼いだ利益をどのように使っていくのか、もっと“熊谷組らしさ”を前面に打ち出した方がよいように感じました。
笹谷 3人の意見を聞いて、熊谷組の皆さんはどう考えますか?
上田 名和さんがおっしゃる「組織開発」の大切さは、まさにそのとおりだと思います。熊谷組では「現場力」と呼んでいるのですが、土木や建築の現場で協力会社も巻きこんで目標に突き進んでいくチーム力には非常に自信があります。しかし一方で、このような取組みが個々の現場単位のノウハウになりがちでした。そこで現在、DXを推進してノウハウの共有を図り、組織力を全社的に高めていく取組みを進めています。
住友林業(株)との協業については、中大規模木造建築に注力しています。お客様からのニーズも益々高まっており、受注が伸びています。シンボリックなプロジェクトとしては、台湾のグループ会社、華熊營造 (股) が台湾・台北駅前で建設を進める超高層ツインタワーが注目を集めています。
櫻野 「稼ぐ力」「選ばれる力」の強化ということではどうしても既存事業に目線が行きがちですが、熊谷組の企業価値を継続的に高めていくためには、周辺事業の加速もきわめて重要なテーマになります。「コッター式継手」や「脱炭素バイオマス燃料」など有望な事業が育ちつつあるので、ぜひ注目いただきたいと思っています。
[サステナビリティ経営に対する有識者の評価]
“未財務”の取組みを、財務に転換していくためのロジックが必要
笹谷 続いてサステナビリティをテーマに意見を交換したいと思います。サステナビリティ経営についてはESG・SDGsマトリクスで網羅的に整理し、その内容を積極的に活かしてきたように感じています。
このサステナビリティは、よく非財務という括り方がされますが、私は“未財務”と考えるべきだと思っています。いずれ財務価値につながるような、サステナビリティを経営にビルトインしていくような議論ができたらと思います。
名和 笹谷さんがおっしゃるように、私も“未財務”だと思いますね。では、それを企業の成長にどのようにつなげていくのかという議論になると、だいたいが戦略の話になると思います。しかし、私は最近、「戦略」だけでは差別化できないと考えるようになりました。なぜなら、同じ業界の企業であるならば、事業戦略にはそれほど極端な違いは生まれない。私は差別化の決め手となるのは、戦略ではなくて、その戦略を推進する「実行力」だと考えています。先ほど上田さんが話をした「現場力」と言ってもよいかと思います。
現場で培われた知恵、私は「匠」と呼んでいるのですが、これを組織で吸い上げて「仕組み」という再現できる形にして熊谷組全体でサイクルさせていく。サステナビリティはとても素晴らしいテーマなのですが、それをきれいごとで済ますのではなくしっかり実行して財務的価値につなげていくことは簡単ではありません。3年間という中計の限られた期間では無理かもしれない。それでも継続して実行しサイクルを確立できた時に、熊谷組らしい価値が生まれると思っています。
笹谷 「匠」と「仕組み」。とてもわかりやすい言葉ですね。
名和 実は私は、この「匠」と「仕組み」の間に、もう一つ「引き込み」というステップが必要だと考えています。英語でいう“entrainment”という言葉で、生物学的には「同調」といった意味があり、これが起きた時に生物が大きく進化するといわれています。
笹谷 鈴木さんはどのように考えていますか?
鈴木 米国の著名な投資家が「100年先でも存在する企業に投資する」というようなことを述べていますが、熊谷組には100年先でも投資したい、長期の投資家が株を持ちたくなるような企業になってほしいと思っています。
そのためには、収益基盤の構築を行い、拡大していくべきだと考えています。また、先ほどの象徴的なプロジェクトの話にもつながりますが、社会の動きの先をいくような案件をどんどん手がけてほしい。上田さんから台湾の話が出ましたが、海外でも同じであり、今後大きな成長が見込まれる国・地域に積極的に出ていくべきだと思います。
投資家からの注目度を高めるということではメディアへの露出も重要です。新社長となった上田さんはもっと前面に出てもよいのではないですか?
笹谷 ステークホルダーとのリレーションを考えると、やはりメディアによる発信の威力は大きいですよね。上田さんや櫻野さんにはもっとさまざまなシーンで熊谷組の存在をアピールしてほしいと思います。
小野塚さんは、熊谷組のサステナビリティ経営についてどう考えますか?
小野塚 投資家とのリレーションシップを高めるためには、彼らの思考プロセスを理解することも大切だと思います。彼らはとても未来志向なのですね。企業の5年後、10年後の姿を見通して、そこから財務モデルを組み立てて1株あたりの価値に引き直していく。このような投資家たちの思考を考えると、今回、熊谷組が実施した重要課題(マテリアリティ)の改定は、時代の動きをコンテクスト(文脈・背景)として取り込んだとてもよい取組みだと感じています。
しかし、さらなるアピールを考えるならば、これら“未財務”の取組みをいつ頃どのような形で財務に転換していくのかというロジックを一つひとつ丁寧に示していってほしいと思います。
[熊谷組へのメッセージ]
誰からも応援される企業を目指して、キラリと光る魅力を発信してほしい
笹谷 改めて熊谷組へのメッセージをお聞かせください。
名和 最後に「ちゃぶ台返し」みたいなことを言いますが、私は最近、“中期経営計画撲滅作戦”に取り組んでいまして(笑)。というのも、熊谷組は100年を超える歴史をすでに築いているわけですよね。それを考えるなら中計という3年の期間は一里塚に過ぎません。どこからきて、どこへ向かうのか。もっと長期的な目線も大切にして、次の100年に向けた変化を生み出していく3年にしてほしいと思っています。
鈴木 最近、マーケットからの要求がますます多様になってきて、いったい何をすればよいのかと企業の経営層の方々が戸惑っているように感じます。私は、ステークホルダーから「応援したい会社」だと思ってもらうことが大切だと考えています。ファンをつくるとか、最近の言葉を使うならば“推し活”でしょうか。
そのためには、やはり上田さんがもっと前面に出て、投資家や社員などあらゆるステークホルダーに向けて熊谷組をアピールしてほしいと思いますね。どこかキラリと光るような魅力をしっかり表現できれば、マーケットから評価される会社になれるはずです。熊谷組にはぜひそのような企業を目指してほしいですね。
小野塚 この何年かの間に、気候変動に加えて格差の問題がクローズアップされるなど、ESGやSDGsに関わるコンテクストが大きく変わってきています。このような変化を見極めながら、ある意味冷静にというか、絶えず基本に立ち戻ってサステナビリティ経営を進めていくべきだと考えています。中長期的な視野も大切にして、鈴木さんがおっしゃるような誰からも応援される企業を目指してほしいと思います。
笹谷 熊谷組では、ESG・SDGsと事業における取組みをマトリクスの形で網羅して整理しています。この検討には私も監修者として関わっているのですが、ここまで徹底した取組みをしている企業は日本でも数多くありません。最近、わが国でも「ポストSDGs」に向けた議論が始まっています。また、SX(サステナビリティ・トランフォーメーション)といった変革にも注目が集まっています。熊谷組には、このマトリクスを上手く活用してサステナビリティ経営をさらに推進していってほしいと思っています。
[これからの熊谷組の経営を見据えて]
創業以来の想いを大切にして、熊谷組らしさを追求していく
笹谷 熊谷組の皆さんは、今日交わした意見をこれからの経営にどのように活かしていきたいと考えていますか?
伊藤 今年度から取締役という立場になり、今回初めて意見交換会に参加し、とても多くのことを学びました。この経験を活かし、今後は取締役会でも自分らしい意見を積極的に伝えていこうと思っています。
小野 今日皆さんの意見を聞いていて改めて感じたのは、他社の後追いをするのではなく、熊谷組らしさを追求していくことの大切さです。“難所難物”に挑むといった創業以来培ってきた力をさらに高めていきたいと考えています。
谷口 今回の中計は、「これからの100年に向けた一里塚」という話を聞いて、いろいろ頭に浮かぶものがありました。熊谷組の未来を考えると、周辺事業の加速もとても重要なテーマです。これから取締役会でもしっかり議論していきたいと思います。
岡市 この意見交換会では、毎回私たちが気づいていないような熊谷組のポテンシャルに光を当てていただき、とても有意義に感じています。改めて自信を持って新しい中計に取り組んでいきます。
櫻野 先ほどから話に出ているように、熊谷組には「世の中の為になる工事、困難な工事を進んで引き受ける」という創業以来培ってきた想いがあります。その想いを上田さんに受け継いでもらい、私たち全員で誰からも応援される企業を目指していきます。
上田 今回の中計の策定では、多様なステークホルダーの声を取り込み、私たちなりに知恵を絞ったつもりですが、皆さんの意見を聞いていてまだ足りない部分があることに気づかされました。そのことも含め、新しい経営体制がスタートするタイミングで催したこの会はとても貴重な場だと感じています。
なかでも私の心に一番響いたのは、社長が前面に出てアピールをすることの大切さ。そうはいっても私一人の力では限界もありますので、ここにいる取締役会のメンバーとも役割を分担し、株主の皆様や社員に私たちの想いを積極的に伝えていきたいと思っています。
- 所属・役職・内容は取材当時のものです。