わたしたち熊谷組グループは持続可能な社会の形成に貢献し、安全と品質、生産性を向上させる技術の開発に取り組みます。同時に社員一人ひとりの個性と能力を活かし、活力のある企業を目指します。
「技術力」と「人間力」――。
人々が集い、ふれあいながら安心して心豊かにくらすことのできる場所をつくるために、わたしたちはこのふたつを掛けあわせた「独自の現場力」を高めます。

地球温暖化防止に配慮した高層芸術住宅「陶朱隠園」

台湾最大の都市・台北市に建設された、高層芸術住宅「陶朱隠園(タオヂュインユェン)」。建物の最大の特徴は、DNAの二重螺旋構造のようにねじれた、独創的で斬新な外観のデザインです。着工から約5年が経過した2018年7月、建物使用の許可を取得し、いよいよ完成の時が近づいてきました。ここに至るまでは、試行錯誤の繰り返しと難工事の連続でした。世界中を見渡しても、他に類を見ない建物であるがゆえのさまざまな課題。その解決と施工には熊谷組グループの豊富な経験と高度な施工技術が活かされています。

「陶朱隠園」の名称由来

陶朱公と名乗った約2500年前の中国の商人、范蠡(はんれい)の隠れ家を意味します。范蠡は越の王に仕えた名将でしたが、彼の有能さに恐れを抱いた王から命を狙われ、越を脱出して陶朱公と名を変えて商人となりました。彼は商売においても有能で、やがて巨万の富を築き、その富を貧しい人に分け与えたと伝えられ、現在は中国一の経済戦略家として知られています。

斬新な二重螺旋の外観に国内外から注目が集まる

台湾最大の都市・台北市信義区に建設された、高層芸術住宅「陶朱隠園(タオヂュインユェン)」。2013年8月の着工からおよそ5年の歳月をかけた工事は、2018年7月に台北市から建物使用の許可を受け、いよいよ完成を迎えようとしています。そしていま、建物はTAIPEI101に並ぶ、台北の新しいランドマークとして注目を集めています。
その最大の理由は、斬新で不思議な外観にあります。まるで大地にどっしりと坐したままうごめく巨大生物のように、見る位置や角度によって表情が変わります。多くの市民や観光客が建物の周囲に集まり、その姿をあらゆる角度から眺め、カメラやスマートフォンで撮影する光景もいまや珍しくありません。
この建物の基本設計は、フランスのパリを拠点にするベルギーの建築家ヴィンセント・カレボー(Vincent Callebaut)氏によるものです。カレボー氏は、施工の難しい特殊な設計の「アンビルド建築」を数多く手がけ、実際に造られたのは、その2割しかないといわれています。今回は「The tree of city(都市の木)」をコンセプトに、人類のDNAからヒントを得て、螺旋状に複雑な変化をとげる遺伝子の基本形態と中国太極の回転をモチーフに設計しました。
そして、これを施工したのが、熊谷組の100%子会社である台湾現地法人・華熊營造股?有限公司(以下、華熊營造)です。約40年にわたり、台湾で様々な建物を手がけてきた実績を持っています。特に2004年に竣工した、世界屈指の超高層ビルTAIPEI 101 の建設では、名実ともに台湾の建設業界を代表する企業としての地位を確立しました。
かつてTAIPEI101の施工に携わり、当現場で指揮を執った華熊營造の林培元所長は、「TAIPEI101と同じくらい大変な仕事でした。でもあの時に得た経験がここで十分に活かされた」と語っています。高度な施工技術と豊富な経験、数多くの実績が高い評価を受け、今回の工事へとつながりました。

地球温暖化防止と快適で最高の居住空間を兼ね備えた都市生活者の理想的住宅

建物は高さ93.2m、鉄骨構造で地上21階・地下4階建て。全40戸で、一戸の居住部の広さは約600㎡。奇数階の住宅内には柱がなく、玄関扉を開くと135度の眺望が広がっています。また建物中央には多機能エレベーターが設置され、乗用車を各戸の玄関先まで横付けすることができます。もちろん、緊急時の救急車も各戸まで乗り入れることができるので、万が一の時にも安心です。
さらに有機性廃棄物の再利用のほか、建物一体型太陽光発電、雨水リサイクル、省エネのLOW-E複層ガラスといった環境負荷の低減を考慮した設備が随所に施されています。建物完成後はバルコニーに23,000本をこえる植栽を施し、年間約130トンの二酸化炭素(CO2)を吸収する計画です。2016年11月に執り行われた上棟式では、台湾の式典では恒例の爆竹に替えて植樹を行うなど、華やかな中にも粛々とした演出を施し、環境負荷低減のコンセプトを多くのメディアが国内外に伝えました。
建物周辺の環境も洗練され、都市生活者には理想的です。「陶朱隠園」が建つ信義区は、TAIPEI101や世界貿易センター、台北市政府、大型商業施設が林立する新興開発エリアであり、孫文を記念する中山公園と国立国父記念館など観光名所としても有名です。そのエリア内でも、特に閑静な高層住宅が立ち並ぶ一角にあります。
この辺りも二十年ほど前までは何もない広大な空き地だったといいます。「ちょうど、TAIPEI101が完成した頃から開発が始まった」と当時の様子を教えてくれたのは、当現場であらゆる関連業務を支えてきた華熊營造の山﨑英樹総監です。いまはにわかに信じ難いほど、この地区は大きな変貌を遂げており、「陶朱隠園」はまさにこの地域にふさわしい建物です。

建築家のデザインを 確実に具現化する高度な技術力

工事は、山留壁の施工と既存構造物の解体から始まった。そして杭工事、基礎(耐圧版)工事を経て、FPS免震装置注2を設置しました。
地上部の構造体は、中央コア部とウイング部先端のメガカラム、最上階のハットトラスで 構成されている。各フロアのウイング部は、2フロア分の高さのトラスを中央コアとメガカラムに架け渡す構造です。ウイング部は、中央コア部分を中心に、フロアごとに時計回りに4.5度ずつ回転することで、ウイング部先端のメガカラムをねじれた形状にしています。
トラスを下から上へと建ち上げて行くときは、建物がねじれているので垂直方向だけでなく水平方向にも荷重がかかります。そのため荷重による建物の変形を見込み、完成後にトラスが正規の位置に納まるよう、あらかじめ左方向にずらし、17階部分では約12㎝持ち上げた状態で施工しているという。躯体がねじれているため、クレーンで資材を吊り上げ、設置場所へ近づけることさえ容易な作業ではありません。
この中央コアとウイング部の複雑な鉄骨の建て方には、熊谷組が独自に開発した「ワイヤーレス建方工法・エースアップ」を採用しました。これは、トラワイヤー、歪み直しワイヤーを使用しない建方工法で、柱にストレスを与えずに躯体施工を可能にする画期的な方法です。従来の工法に比べ、品質の向上(精度確保が容易)、作業の効率化(作業量の低減)、さらに建方工期の短縮や安全性の向上(高所作業の低減)が得られます。
「コンクリートを打ち、バルコニーに土が入って植栽され、全部仕上がった段階で想定した位置に納まることを見越して施工するのですから、施工管理は高い精度が要求されます。現場における変位の中間データを計測してとりまとめ、構造設計の専門家が計算した数値との相違を彼らに報告するなど、かなり根気のいる大変な作業でした」。そう振り返るのは、台湾に来て20年になる華熊營造のベテラン技術者小西健部長です。
また、設備の面でも通常の建物にはない課題がありました。建物の形状に合わせてシャフトが曲がっているため、配管をどのように施工するのか。また、排せつ物などはスムーズに流れるのか。設備を担当した華熊營造の宮内勇輔機電主任はこう答えました。
「当初の設計では、フランス製の特殊な継手を使用する予定でした。しかし、メンテナンスが必要なうえに重量がありすぎて施工性も悪く、現実的ではありませんでした。そこで他社製品や施工方法など、試行錯誤の末に直管と直管を付けてバンドで巻くという方法を採りました。製品には施工誤差を補うために最大偏心角というものがあり、3度以内なら曲げてもいいというメーカーの規定でした。この偏心角を利用してつなぎ、メーカーの担当者にも確認してもらって、通水テストも満水検査も問題なくクリアしました」

注2. アメリカのEPS社(Earthquake Protection Systems)の「すべり振り子型免震装置(FPS :Friction Pendulum System )」
  設置スペースがコンパクトであり、免震終期を長く設定できるため、高い免震効果を発揮する。

免震装置01
免震装置02

ここでの経験を活かし新たな現場での成果を期待

林 培元所長

建築家が描いた斬新で独創的なデザインは、こうしたスタッフの地道で粘り強い取り組みによって具現化していきました。そんな彼らに、今日に至るまでのさまざまな想いを聞きました。
「私にとって、台湾は初めての海外の現場です。日本との文化や物事に対する感覚的な違いに加え、言葉(中国語)にも苦労しました。日本ではあたりまえだと思っていたことが、ここではそうではありません。最初は自分が考えていることも、なかなか相手に伝わりませんでした。」と話すのは宮内機電主任です。「そんなとき、私は技術職なので絵を描いて伝えるなど、いろいろと工夫しました。中国語の専門用語がわからないときは、つい英語で書き込んでしまいますが」と言って笑います。
「私も20年前は言葉が話せなくて、身振り手振りで仕事を伝えていました。今は現場で注意する点や手直し箇所など、写真を撮ってSNSで伝えています。SNSだと「誰かがやるだろう」と思って誰も動かないので、名指しで展開するのですが、お互いの信頼関係が築けていないと、人は動かないのはどこの国でも同じです」と小西部長は言います。
「私は同世代の台湾人のスタッフや職人と飲みに行ったり、遊びに行ったりして、台湾のことをいろいろと教えてもらい、言葉も覚えました」入社13年目の清水俊一主任がそう話すと、「彼(清水)は台湾人スタッフと打ち解けるのが早くて上手。だから信頼関係を築くのも早い。これはとても貴重なことです」と山﨑総監が続けます。
言葉も文化も異なる世界で、それぞれが、それぞれの工夫や方法でコミュニケーション力に磨きをかけ、仕事に活かしていきます。
「台湾のスタッフや職人にひとつひとつ丁寧に説明し、日本との考え方のギャップを埋めながら作業を進めるのは大変な苦労でした」と話すのは、台湾に来てからまだ三年という諏訪正道副部長。いまでは誰よりも台湾での生活に馴染んでいるように見える彼は、さらに続けてこう話しました。
「ここで採用されている設備、例えば免震装置やカーテンウォールは海外製です。製品検査のためには、アメリカやシンガポールへ出張します。日本では、ほぼ国内メーカーに限られますが、ここでは広く世界を見て、知る機会に恵まれました」

インタビューに応じた日本人スタッフ

これに呼応するかのように清水主任は、「この現場に来て、技術論文を書く機会を頂いたり、建築技術発表会に参加させて頂いたり、さまざまな会社の幹部の方に工事の説明をさせて頂いたりと、若手社員ではなかなか経験できないことが多いです」と話しました。知識の面でも経験の面でも、大きく成長できたといいます。
山﨑総監は「日本には陶朱隠園のような斬新な建物はありませんが、海外ではいたる所でこうした特徴的な建物を競って造っています。今は日本の技術力が勝っているかもしれません。しかし、このままではいずれ日本の技術では造れない建物も増えてくるんじゃないか、日本の建築技術は国際競争力を失うんじゃないかと危惧します。私たちにはTAIPEI101や陶朱隠園のような建物を造る技術があり、より難しい仕事、高度な仕事に声をかけてもらえるチャンスもある。この実績を次につなげ、途絶えることのないようにしなければならないと考えています」と真剣な表情で話しました。
最後に林所長が、「多くのひとたちが眺めたり、写真を撮ったりしているのを見るのは本当に嬉しいですね」といまの心境を笑顔で話すと、この現場に携わったスタッフへの熱いメッセージで締めくくりました。
「日本人にも台湾人にも、それぞれ長所と短所があります。ここでは、日本人と台湾人の互いの良いところを活かして仕事に取り組んできました。それによって、このプロジェクトが成し遂げられたのだと思います。スタッフには、ここでの経験を次の現場でも活かして欲しいです」
異なる文化、言葉で生まれ育った者たちが協力し合い、ものづくりを通して技術力と人間力を高め合う。どこよりも困難な現場だからこそ、そこで得るものも大きい。「陶朱隠園」が真のランドマークとして人々の暮らしに溶け込む頃、彼らは新たな現場で悪戦苦闘の日々を過ごしているのでしょう。そして今よりさらに進化した技術力と人間力で、積極果敢に挑んでいるに違いありません。

施工中の陶朱隠園

工事概要

所在地 台湾省台北市信義區松高路68號
発注者 中華工程股?有限公司(BES)
基本設計 ヴィンセント・カレボー(Vincent Callebaut)
意匠設計 元宏聯合建築師事務所(LKP)
構造設計 傑聯國際工程顧問有限公司 (KLC)
施工会社 華熊營造股?有限公司(TKG)
工 期 2013年8月1日~役所検査完了:2018年7月(11月現在、共用部仕上工事継続中)
用 途 共同住宅(分譲)
構造・規模

敷地面積/8,160㎡ 建築面積/3,264㎡ 延床面積/42,774㎡
基礎免震(Friction Pendulum System)
地下RC造(一部SRC造) 地上S造
地下4階・地上21階+22階 HAT トラス+3階
総戸数 2階~21階(1フロア―2戸)計40戸
エレベーター/客用2台 多機能用1台 非常用4台
駐車台数/車238台 バイク274台

基礎構造/場所打ちケーシング杭68本 (最大径250cm) 高さ/GL+93.2m 掘削深さ:20.05m

工事範囲/躯体 外装 外構 設備工事 内装工事(共用部分、住戸部はスケルトン)