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大切畑ダム

大切畑ダムプロジェクト

熊本地震によって被害を受けた地域の水源 デジタル技術を駆使し、早急な復旧に取り組む

熊本県阿蘇郡にある大切畑ダムは、江戸時代から地域のため池として人々の暮らしを支えてきました。そのダムに異変をもたらしたのは、2016年4月に発生した熊本地震でした。2019年から、熊谷組による大規模な復旧がスタート。随所に先進的なデジタル技術を駆使しながら、迅速かつ高品質な復旧工事を進めています。

熊本地震を機に、ダムを横切る断層が見つかる

作業所長 北沢 俊隆
作業所長 北沢 俊隆

熊本県阿蘇郡西原村にある大切畑ダムの歴史は江戸時代にまで遡ります。当時の熊本藩主の命により、水田を拓くためにつくられた、ため池がそのルーツです。以来、西原村をはじめ近隣の農業にとってなくてはならない存在として地域を潤してきました。1970年代には大規模な改修を実施。貯水量85万㎡、堤高23mのフィルダムとして生まれ変わりました。この工事を行ったのが熊谷組でした。

この大切畑ダムに異変が起きたのは、2016年4月16日のこと。マグニチュード7.3の熊本地震(本震)が発生。ダム堤体に亀裂などの被害が発生し、下流側の住民に対して避難指示が出されました。その後の調査によって、堤体を横切る断層の存在が指摘されました。

そして、詳細な調査や検討を重ねた結果、熊本県の災害復旧事業として、2019年から大規模な復旧工事に着手することになりました。それを担うことになったのが熊谷組JVです。

「復旧工事では、断層の影響がないように堤体を上流側に237m移動させて新しく築造することになりました。また、貯水量を確保するために上流貯水池を新たに掘削するなど、大規模な工事を進めています。この大切畑ダムは、一般的なフィルダムとは異なる難しい条件で施工しています」

このように話すのは、大切畑ダムの現場を統括する作業所長の北沢俊隆です。フィルダムは、土砂などを堤体に使って水を堰き止める、いわば古くから伝わる工法です。北沢の言葉にあるように、その構造ゆえに難関があり、そして困難な壁を乗り越えるために熊谷組ならではの先進の技術が活躍しているのです。

知恵を出し合って開発したデジタル技術が活躍

今回の復旧工事では、貯水池の掘削と並行して、余剰な水を放出する洪水吐などコンクリート構造物の構築も進めています。これらの工事の中でも主役となるのが、ダムの要となる堤体の築造です。

新しい堤体は高さ29m、堤体積46万㎥。堤体を盛り立てる土砂は均一というわけではなく、遮水性や堤全体の強度を考慮し、中心部は半透水材(ダムの安定性を確保する材料)、上流側の傾斜部分は遮水材(水を堰止める材料)など、部位によって性質の異なる土砂を盛土しなければなりません。そのため、フィルダムの工事では、これら膨大、かつ性質の異なる土砂をいかに確保するかが鍵を握ります。

「一般的なフィルダムの工法では、これらの盛土材料は他の場所から調達します。しかし、大切畑ダムでは現場の掘削で発生する土砂をその性質に応じて使用する計画となっています。また、このダムは地域の農業にとって重要な水源であり、迅速な復旧工事が求められています」

先ほど北沢が話した「難しい条件」とはまさにこのことでした。現場で掘削した土砂を堤体の盛土に用いるためには、あらかじめ性質の異なる土砂を地質ごとに分別・採取しなければならないのです。事前の調査によると、現場周辺の地質は10種類に及ぶことが判明しています。そこでこの困難なテーマに挑むために、大切畑ダムの現場では独自のデジタルシステムを開発しています。

性質の異なる土砂を積み上げ、堤体として使用
性質の異なる土砂を積み上げ、堤体として使用

事前に実施したボーリング調査のデータなどをもとに掘削現場の3次元地質モデルを作成。この地質モデルと設計データを融合させ、地質境界線と設計掘削形状を合体させ、マシンガイダンスで掘削できるシステムを開発しました。バックホウ(油圧ショベル)を操るオペレーターは、操縦席のディスプレイに映し出される3次元ガイダンスを見ながら、設計図と地質境界線の両方を意識した効率のよい掘削を行うことができます。

また、盛土に用いる土砂は、どのようなサイズの石が含まれているかという石分含有率をあらかじめ測定しなければなりません。これまで多大な時間と人力を必要としていたこの測定についても、UAV(ドローン)で撮影した画像を処理して解析するという手法を開発しています。

この他にも、現場では先進のデジタル技術を随所で活用しています。UAVによる3次元測量もその1つです。あらかじめ設定したプログラムをもとにUAVを自動飛行させて現場を空撮。その画像データから作成した3次元モデルを使って掘削量などを算出し、掘削作業の進捗管理を画期的に効率化しました。これらのシステムはいずれも、大切畑ダムの現場をフィールドに社員たちが知恵を出し合って現場に実用したものです。

3次元地質モデルで現場の状況を再現
3次元地質モデルで現場の状況を再現
マシンガイダンスによる掘削
マシンガイダンスによる掘削

創意工夫を触発する、現場だからこそできる人財育成

大切畑ダムの作業所で働く社員は約20名。そのうち3分の1が20代など若手中心の現場です。デジタル技術の活用などについても若手たちが先頭に立って進めています。そんな取組みを後押しする所長の北沢は、「現場だからこそチャレンジできることがたくさんある」と話します。

「今後、デジタル技術の活用は、土木の現場でも当たり前となっていくはず。それならば、若いうちから積極的に経験すべきだと思っています。さらには活用するだけではなく、自分たちで創意工夫してシステムや技術を開発していくマインドも大事。熊谷組の現場には、そのような前向きの姿勢を尊重する風土がずっと受け継がれているのです。本社のDX推進部とも連携して、若手たちには現場でどんどんチャレンジさせています」

このような現場での創意工夫に加え、蓄積した知見を共有する力やプレゼン力の強化などにも、人財育成の一環として力を入れています。土木学会や社内の技術発表会などにも積極的に参加させており、いくつかの案件については特許を申請中です。

また、大切畑ダムはため池として地域にとって身近な存在だけに、近隣地域への配慮や環境保全などについてもきめ細かな取組みを行っています。たとえば、掘削した表土を保存して復旧後にまた元の場所に戻すなど、生物多様性に配慮した工事を進めています。周辺地域での工事用車両の運行についても道路の清掃などを徹底。さらに運行支援システムを用いた工事用車両の管理など、ここでもデジタル技術が活躍しています。

現場で働く20代若手社員
現場で働く20代若手社員

社会を支え続けていくために、技術を進化させていく

最後にもう1つ、現場で取り組む先進的なシステムを紹介しましょう。最近、建設業界で進む取組みの1つにBIM/CIM(Building/ Construction Information Modeling)があります。工事のすべてのプロセスに関わる情報を3次元モデルによって共有する仕組みです。大切畑ダムでは、フィルダム特有ともいえる盛土工事の進捗・品質管理を効率的に行うために、独自のCIMソフトウェアの開発を進めています。

BIM/CIMは、これまで施工完了時にまとめて作成されることが多く、施工時に活用できないという課題があったそうです。「CIM-CRAFT®」と名づけたこのソフトウェアでは、クラウドアプリケーションを用いて、施工時でも手間のかからない容易な記録を実現。また、ブロックで遊ぶデジタルゲームにヒントを得て、視覚的でわかりやすい操作を追求しています。

「大切畑ダムのようなフィルダムは、熊谷組でもなかなか経験することのできない工事。この現場で1人でも多くの若手に経験を積ませるとともに、その知見をデジタル化して蓄積し、多くの後輩たちに伝えていきたいと思っています」

この北沢の言葉にもあるように、「CIM-CRAFT®」は業務の効率化だけでなく、技術の承継にも貢献するシステムです。江戸時代から地域の暮らしにとって大切な役割を果たしてきた大切畑ダム。その復旧に取り組む熊谷組の技術はたえず進化を遂げながら、これからも社会を、暮らしを支えていきます。

工事概要

大切畑地区県営農地等災害復旧事業第1号工事

発注者 熊本県
工期 2019年12月14日~2025年11月28日
工事内容 ダム本体工(前面遮水ゾーン型フィルダム)
受注者 熊谷・杉本・藤本・肥後建設工事共同企業体
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