ESGアナリスト × 社外取締役座談会 ―2024年6月
サステナビリティ経営を深め、企業価値を高めていくために、社外取締役が担うべき役割はきわめて大きい。
熊谷組では、客観的な視点を経営に取り入れ、コーポレートガバナンスの充実を図るために社外取締役を選任しています。吉田栄氏、岡田茂氏、桜木君枝氏、そして2022年6月に就任した奈良正哉氏の4人の社外取締役に忌憚のない話を伺いました。
新中期経営計画の策定では、地に足をつけた戦略を意識した
櫻本 投資家の目線で建設会社を見た場合、社会にとって必要不可欠な業界であるものの、各社の特徴が見えづらい、評価しにくいという課題があるように思います。そのあたりも含め、ステークホルダーの代理人である社外取締役の皆さんは、どのような意識を持って熊谷組の経営に携わっているのでしょうか。まず始めに、新しく策定した中期経営計画(以下、中計)の評価についてお聞きしたいと思います。
岡田 私が熊谷組の取締役に就いたのは2021年であり、中計の策定に携わったのは今回が初めてです。策定にあたっては十分に議論を重ねましたし、とても評価できる内容になったと思っています。 そのポイントとしては3つあります。1つ目は、施策や目標などを可能な限り数値化して表現していること。周辺事業への投資などについても詳細に数値化しています。2つ目は、投資家の皆さんも注目する住友林業(株)との協業について、綿密な検討がなされていること。そして3つ目は、重要課題(マテリアリティ)の改定と個別課題の見直しを行ったことです。 この計画を、いかに着実に執行していくかがこれからの課題だと思います。前中計では、財務・非財務における目標の多くを達成できませんでした。取締役としてしっかり監督していきたいと考えています。
吉田 前中計の策定時、私は社外取締役就任1年目だったので、発言は多少遠慮した面がありました。今回の策定では、その反省も踏まえて積極的に意見を述べました。なかでも私が一番強調したのは、「ステークホルダーにしっかりコミットメントできる内容にしよう」ということです。
奈良 今回の議論で、私が改めて強く認識したのは、熊谷組にとって事業の柱となるのは、やはり建設業であること。その建設業において収益性を高めていくことを明確に掲げ、そのための施策を丁寧に練り上げています。その意味でも、しっかり地に足をつけた堅実な計画になったと考えています。
桜木 私は今回の検討プロセスには課題があると感じています。目標の策定などでも、現時点から数字を積み上げていく、フォアキャスティングの議論になりがちでした。市場や業界動向を捉え、熊谷組の強みを明確にし、目指すべき姿を描いてそこから大きな視野でとらえていく、バックキャスティングのプロセスが必要であったと考えますし、そのように意見を述べました。 もう一つ感じたことは、熊谷組のビジョンを語る言葉、「しあわせ品質」についてです。耳障りの良いこの言葉に頼ってしまうとわかった気になってしまい、内容が曖昧になりがちです。それはどういうことなのか、具体的なレベルでの共通認識にする必要があります。
新中計で掲げる挑戦の先に、どんなワクワクがあるのか?
櫻本 今回の中計ではスローガンとして「持続的成長への新たな挑戦」を掲げています。その内容を見ると、皆さんがおっしゃるように熊谷組らしい「堅実さ」は伝わってくるのですが、「挑戦の先にどんなワクワクがあるのか?」といった踏み込んだ表現が不足しているように感じます。成長戦略の一つとしてあげている「周辺事業の加速」について、どうお考えですか?
吉田 周辺事業に関しては、不動産開発や再生可能エネルギーなど、大手建設会社ならば類似した分野で事業を進めています。だからこそ、しっかり戦略を練って当社としての特徴を追求していくべきだと思っています。
桜木 そのためには外部の専門家と協業し、新しい知見やスキルを取り込んでいくことも重要ではないでしょうか。
奈良 不動産開発などにしても、施設を建てるだけでなく、そこに新たな付加価値を加えて利益率を高めていくべきでしょうね。その意味でも、デベロッパー機能を有する住友林業(株)との協業をさらに推し進めていくべきだと思います。
岡田 私はかなりワクワク楽しい事業が育ちつつあるように感じています。脱炭素バイオマス燃料「ブラックバークペレット」の話を最初聞いた時は「建設会社がこんなことをやるんだ」と驚かされましたし、藻類培養を組み合わせた環境保全型ハイブリッド農業もとてもユニークなプロジェクト。ぜひ実現して利益に結びつけてほしいですね。
取締役会では、社外取締役が闊達に意見を交わしている
櫻本 コーポレートガバナンスを充実していくためには、社外取締役が担う役割が非常に重要になります。実際の議論など、取締役会の実効性についてどう認識していますか?
奈良 私は複数の企業の社外取締役を兼任していますが、社外取締役の発言が活発ということでは熊谷組が随一です。
岡田 今日行われた取締役会も活発でしたね。
吉田 社外取締役が現在の4人体制になってから、その印象はさらに強くなってきたように感じています。
桜木 取締役会にあたっては、事前に相当な時間をかけて、議案に関わる取締役・執行役員や担当者から説明を受けています。納得のいくまで質問を重ね、自分たちの意見も伝え、その議論の上に立って、さらに取締役会で議論を深め審議しています。
奈良 社外取締役が活発に意見するだけでなく、それを社内の人たちが真摯に受け止めて積極的に改善しようという姿勢が感じられます。これも熊谷組の社風である「誠実さ」の表れなのでしょうね。たとえば役員報酬についても、投資家の目線に合った制度に改善すべきと業績連動型の株式報酬を提案したところ、速やかに導入されました。
ただし、これは建設業界共通の課題だと思いますが、コーポレートガバナンスについてはまだ改善すべき課題も多い。これからも継続して意見を伝えていきたいと考えています。
サステナビリティで特に注目したいのは「人」に関わる課題
櫻本 熊谷組では、今回の中計に合わせて、重要課題の改定と個別課題の見直しを行っています。気候変動リスクもよく検討されていますし、ウェルビーイングといった新しい概念も取り込んでいる。充実した内容だと感じています。
岡田 見直しにあたっては、業界動向などの分析を行い、社内に対しても丁寧にヒアリングを行うなど、より多くのステークホルダーの意見を取り入れています。非常によく作り込まれた内容だと思います。
奈良 サステナビリティに関して私が特に注目したいと思っているのは「人財」の部分ですね。今後、労働人口が減少していく中で、優秀な人財の確保がきわめて重要な経営課題となります。採用においても、数ある建設会社の中から熊谷組を選んでもらわなければなりません。そのためには「人財」に対して、他社とは違う思い切った取組みを打ち出してファンを増やしていくべきです。
吉田 私も、サステナビリティについては、特に「S」と「E」に焦点を当てていくべきだと思っています。新しい街づくりや自然の保全に関わる事業など、ゼネコンにとってこの2つの領域は親和性が高いと感じています。あれもこれもと幅広く進めるのではなく、ある程度関連の深い領域に絞り強みを活かした活動が必要です。
桜木 サステナビリティに関しては、積極的に取り組んでいると感じています。しかし、これらの活動は、熊谷組が得意とするボトムアップ型が多いのですね。サステナビリティはもはや経営戦略そのものです。今後は、経営層がもっともっとリーダーシップを発揮して、トップダウンで進めていくことが必要です。
エンゲージメント調査は、社員からの経営へのジャッジメント
櫻本 今私もESGの中では「人」に一番関心があります。企業が成長し続けるためには、人的資本が非常に重要になってきます。皆さんは、人的資本についてどのようにお考えなのでしょうか?
岡田 人的資本を充実させていくためには、やはり処遇改善が最優先で取り組むべきテーマになると思います。今回の中計では3年間で60億円規模の人財投資を計画しています。そのうちの約7割が処遇改善に関わるものです。
奈良 これは建設業界共通の課題ですが、給与や休日の確保など、改善すべきことはまだまだ多いというのが実感です。
櫻本 社員のエンゲージメントを高めていくためには、処遇改善といった金銭的なインセンティブばかりでなく、働きがいや達成感など、自己実現につながる環境も大切になります。
岡田 おっしゃるとおりですね。仕事に魅力を感じたり、一緒に働きたくなるような先輩がいたり、そういう環境をつくっていかないと優秀な人財を集めることはできません。
吉田 その点では、私は、建設業は魅力的な仕事だと思っています。熊谷組では、「難所難物があれば、私にやらせてください」といった創業者の言葉を今でもDNAとして大切にしているように、やりがいを持って仕事に取り組んでいる社員が数多くいます。建築や土木の現場に視察に行くと、特に若手社員のみなさんの目が輝いていることが印象的です。
奈良 それは私も感じています。一方で、内勤部門などの社員たちはどうなのでしょう? 専門性を高める教育研修なども含めて、これから議論していくべき課題かもしれません。
桜木 会社全体として年功序列的な風土が未だに残っている点も改善すべきだと思います。魅力ある会社にしていくためには、意欲ある若手がのびのびと活躍できる環境が大切です。
櫻本 女性活躍の推進についてはどうでしょうか?
桜木 建設業界の中では進んでいると思います。現在、管理職に占める女性の割合は5.2%であり、優秀な女性が部長職に就き始めています。そして、ダイバーシティとしての働き方改革、つまり女性だけでなくすべての人が働きやすい環境を整えることを目指した活動になっていることは、大いに評価できます。
岡田 人的資本に関わる取組みを検証していくためには、現状を的確に把握することが重要になります。その意味でも、2023年度からスタートした社員エンゲージメント調査の役割は大きいと思います。この調査も、私たち社外取締役が必要性を提案し続けて実現されたものです。
奈良 エンゲージメント調査では、やりがいにつながる責任と負担のバランスも見えてくると思います。負担ばかりが増えないよう、DXの活用や組織単位での支援をしていく必要があります。
桜木 エンゲージメント調査には、社員たちの現状を把握するという目的がありますが、見方を変えるなら経営に対する評価ともいえます。経営に対する、社員たちからの定期的なジャッジメントですね。したがって、その結果を経営に反映させていくことこそが重要だと考えています。
櫻本 今日は皆さんとお話をして、熊谷組の社外取締役が活発に意見を述べ、社員たちと交流してその声を経営に活かそうとしているなど、しっかりと機能していることを実感しました。
ステークホルダーが企業への理解を深めるうえでも、今日のような対話はとても貴重な機会です。今後も社外取締役の皆さんがさまざまな場面で積極的に情報を発信し、熊谷組の企業価値を高めていってほしいと思っています。
- 所属・役職・内容は取材当時のものです。