客観的な視点を経営に取り入れて、コーポレートガバナンスのさらなる充実を

熊谷組では、社外の専門家の方々の意見を積極的に取り入れ、コーポレートガバナンスの充実を図っています。取締役会の実効性評価アンケートのレビューをご担当している塚本英巨弁護士に、社長の櫻野泰則が話を聞きました。

(左)櫻野 泰則 取締役社長 (右)アンダーソン・毛利・友常法律事務所 パートナー 塚本 英巨 

取締役会の実効性を評価するアンケートを実施

櫻野 熊谷組では、取締役会の実効性を評価して改善につなげていくために、年1回、取締役・監査役にアンケートを実施しています。そのアンケートの評価結果などに関するレビューをお願いしているのが塚本さんです。

塚本 はい。熊谷組には2018年度から携わるようになって今回で2回目となります。アンケートの結果を見ますと、いろいろな意見が出されており、コーポレートガバナンスへの意識も高く、前向きに取り組んでいる印象を受けます。

櫻野 おっしゃるとおり、アンケートへの回答は回を重ねるごとに充実しています。なかには辛口の評価も多く、それを改善につなげていくために事務局も奔走しています。特に2015年度に社外取締役が加わってから、取締役会の雰囲気も大きく変化してきましたね。

塚本 変わってきたというお話がありましたが、櫻野さんは現在の取締役会やコーポレートガバナンスについて、率直なところどのように感じていますか?

櫻野 少し歴史的な話をさせていただきます。当社は以前から地域ごとの事業体制を敷いています。
地域ごとの事業体制には多くのメリットもありますが、各地域の事業部門の権限が強くなり過ぎるとデメリットが顕在化し、過去に経営危機に陥った際の一因にもなりました。
その後、本社機能の強化、執行役員制度の導入、社外取締役の選任など、経営体制を整えながら再生への長い道のりを歩み、 現在へと続いているわけです。まだまだ改善すべき点は多いですが、確実にコーポレートガバナンスも充実してきたように感じています。

取締役会におけるダイバーシティの推進

塚本 2019年度のアンケートを見ると、いくつか目立った意見があります。そのひとつが「取締役会に女性の社内役員を加えること」です。

櫻野 女性に限らず、多様な知見やバックグラウンドを持つ人材を取締役会に加えることは、これからもより積極的に取り組むべき課題だと私も思っています。
ただし女性役員については、その分母といいますか、そもそも女性社員がまだ少ないという課題が当社にはあります。現在、女性社員の比率は17.1%(2020年3月末現在)。作業所長やラインの部長に就いている女性はまだいません。女性活躍のための環境づくりにも力を入れていますが、もう少し時間がかかるというのが実感です。

塚本 女性社員の採用・活躍は建設業界に共通する課題でもあり、おっしゃるとおり一朝一夕には解決することが難しい課題かもしれませんね。徐々に解決し、足元を固めて、女性管理職が増え、その結果、女性役員が生まれれば、企業活動が活性化し、レジリエンスな企業に変化していくと思います。
それからもうひとつ、アンケートでは「社外取締役を増やすべき」という意見も出されています。社外取締役を1/3以上にすることは、今後、コーポレートガバナンス・コードでも求められる可能性があります。どうお考えでしょうか?

櫻野 社外取締役の増員については1/3以上になるよう積極的に考えていきたいと思っています。ただ最近では社外取締役の独立性や発言力をさらに高めるとの観点から3名の存在を求める声もありますので、これについても検討したいと考えています。

塚本 その場合、どのような人材がふさわしいとお考えですか?

櫻野 実際に企業経営に関わりリスクテイクをしながら大きな決断を下してきたような経験をお持ちの方がよいと考えています。

塚本 そのような発想は、熊谷組のコーポレートガバナンスとしてもよい方向性だと思いますね。最近、取締役会のダイバーシティというとジェンダーや国籍などが話題になる傾向がありますが、けっしてそればかりではありません。各企業がそれぞれの状況に応じて最適な構成を選択していくことが一番の命題だと考えています。

「守り」のガバナンスという課題

塚本 企業が持続的な成長を果たしていくためには、「攻め」ばかりでなく「守り」のガバナンスも欠かせません。アンケートでは、「グループ会社などのガバナンスを強化すべき」という意見も目立ちました。

櫻野 おっしゃるとおりで、グループ会社のガバナンスは喫緊に改善しなければならない課題だと認識しています。最近、グループ会社でガバナンスに関連する不祥事が連続して起こり、取締役会でもガバナンスの整備について議論になりました。
当社の場合、グループ経営についてはこれまでグループ会社の自主性を尊重する方針をとってきました。それ自体は悪いことではないと思うのですが、果たして熊谷組とグループ会社がガバナンスを含めて本音で語り合えるような関係を構築できていたのか反省し改めていかなければと痛感しています。

塚本 グループ会社の自立性と親会社による管理・監督のバランスをどう図るかという問題ですね。それをどのように実務に落とし込んでいくかは非常に難しいテーマだと思います。私自身も策定に関わりましたが、経済産業省が「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」を公表しています。ひとつの改善策としては、グループ全体の価値を高めていくために、グループ会社が熊谷組と同じ目線を持つように意識づけることが重要ではないでしょうか。

櫻野 私も同じように考えており、今後そのための施策を検討していきたいと考えています。グループ全体の業績でもグループ会社の業績の比率が高まっており、グループ会社の成長は当社の将来にとっても欠かすことができません。熊谷組グループとして一体感を醸成できるようなカバナンス体制を早急に整えていきます。

ESGをいかに成長戦略にリンクさせていくか

塚本 2020年3月に改訂されたスチュワードシップ・コードでは、サステナビリティを考慮した対話がキーワードのひとつになっています。熊谷組では「ESG取組方針」を定めていますが、「E」(環境)や「S」(社会)についてはどのようにお考えでしょうか?

櫻野 私自身、ESGというテーマは、今後当社が持続的な成長を果たしていくために欠かせないものであると考えています。「E」についての取り組みでは、2017年に業務・資本提携した住友林業とのパートナーシップが大きな推進力になっています。また、「S」について最近私が特に感じているのは、社員たちの健康管理ですね。新型コロナウイルス感染症への対応が社会的な課題となっているいま、改めてその大切さを実感しています。当社グループばかりでなく、協力会社などの人たちの環境づくりも含めて積極的に取り組んでいきたいと思っています。

塚本 おっしゃるとおり、ESGについては今後どのように成長戦略にリンクさせていくのかが重要な経営課題になると思います。機関投資家などからの質問も多いのではないでしょうか?

櫻野 まだ当社の場合、機関投資家の皆さんとは足元の業績などが話題になることが多いように感じています。今後はESG経営への注目度がさらに高まっていくことになると思っています。当社は、事業活動を通したESGの取り組みを社外に伝えていくことがどうも不得手なところがあります。これからは機関投資家をはじめステークホルダーの方々とさまざまな機会を設けて積極的に対話していきたいと考えています。

客観的な視点を取り入れて、ガバナンスをさらに充実

櫻野 せっかくの機会ですので、最後に私からもひとつ質問させていただいてもよろしいですか?

塚本 もちろん、どのようなことでしょうか?

櫻野 取締役会での議論のスタイルについてです。建設業界の経営者の方たちに話を聞くと、取締役会の進め方も、旧来のようにあらかじめ付議された決議事項を粛々とこなしていくものから、フリーディスカッションのように自由に議論を交わすものまで、各社いろいろスタイルがあるようです。当社の場合、先ほどお話したように取締役会での議論はかなり活発化しているのですが、それでも将来の戦略やビジョンなど中長期的なテーマになると自由に議論を交わすまでには至らないことがあります。そうかといって、自由なスタイルにしすぎると議論の収拾がつかなくなりそうな気がしています。

塚本 いま日本企業が進めているコーポレートガバナンスの改革では欧米のスタイルを移入した部分も多いので、それと伝統的な日本のやり方とどう折り合いをつけるかは、櫻野さんがおっしゃるように多くの企業にとって共通する課題といえます。その解決策のひとつとして、従来の決議事項や報告事項に加えて、審議事項といったものを設定し、自由に意見交換できる機会を設ける企業もあります。

櫻野 なるほど。その例は参考になりますね。当社では、これからも塚本さんをはじめ外部の専門家の方々の意見を取り入れて、コーポレートガバナンスをさらに充実させていきたいと考えています。今日は貴重な意見を聞かせていただき、どうもありがとうございました。

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