森林から生活圏への放射性セシウムの移行を抑制する新技術高分子化合物と粘土を利用、自然の力を使って穏やかに里山を再生

2016年05月10日

 株式会社熊谷組(取締役社長 樋口靖)は、熊谷組グループのテクノス株式会社(代表取締役社長 森田 栄治 本社:愛知県豊川市)と、茨城大学(学長 三村 信男)工学部の熊沢紀之准教授の研究室、日本原子力研究開発機構(JAEA)(理事長 児玉 敏雄 本部:茨城県那珂郡)の長縄弘親博士らによる研究グループと共同で、放射性セシウムを吸着できるベントナイト(モンモリロナイトという鉱物を主成分とする粘土の総称)と、電荷をコントロールしたポリイオンコンプレックス(反対電荷を持った高分子が静電力によって自己集合したもの。以下、「PIC」)を用い、放射性セシウムの移行を抑制する技術を新たに開発しました。
 2016年3月には、これまで、主として住居などの生活圏の近隣の森林を対象にしていた政府による除染エリアについて、里山の中の人が日常的に立ち入る範囲を対象として検討する方針が示され、里山再生の対策の1つとして、放射性セシウムの移行を抑制する技術への関心が高まっています。
研究グループでは、放射性セシウムを吸着するベントナイトを森林傾斜地における腐葉土に散布して、放射性セシウムの植物への再吸収を防ぐとともに、電荷比を大きく変化させて調合した正電荷(カチオン)過剰のPICと負電荷(アニオン)過剰のPICのコロイドを利用することによって、降雨や雨水の流れなど自然の力で移行するベントナイトを凝集し、効率的に捕捉できることを確認しました。
 本技術は、現在特許申請中であり、実用に向けてさらなる研究を進めています。

1.背景

 2016年3月、政府は復興庁、農林水産省、環境省の「福島の森林・林業の再生のための関係省庁プロジェクトチーム」会合に基づき、これまで、主として住居などの生活圏の近隣の森林を対象にしていた除染エリアを、里山の中の人が日常的に立ち入る範囲を除染の対象として検討する方針を示しました。本報告は、政府の方針に対する里山再生の対策の一つとして、森林から生活圏へ放射性物質を流出させない新技術を提示したものです。
 森林の落葉層と土壌層の中間に位置する腐葉土層では、放射性セシウムの多くは有機物と結合した状態にあると考えられますが、それらのセシウムが有機物の分解によって水に溶け出すと、一部の植物に吸収され、森林植物の汚染の原因になる可能性があります。さらに傾斜地では、降雨によってセシウムが低地へ徐々に移動することも本研究などで確認されているため、除染を終えた生活圏にも流出して再汚染されることも懸念されます。
 茨城大学工学部の熊沢 紀之 研究室では、1999年の茨城県東海村JCO臨界事故以来、チェルノブイリ原子力発電所事故時に用いられた土壌固定方法(汚染拡大防止技術)を日本の環境条件に合わせて改良する研究を進めており、2011年3月の福島第一原発事故以降は、日本原子力研究開発機構の長縄 弘親 博士らのグループとともに、現場で必要とされる放射性セシウム移行抑制技術の開発を行ってきました。また、熊谷組グループでは、多くの汚染地域で除染作業を行う過程で、未除染の森林上部や除染後の民家裏山からの再汚染を懸念し、急傾斜の裸地などからの放射性セシウムの移行を抑制する手法として、ポリイオンコンプレックスと斜面緑化とを併用した技術を適用することを構想していました。こうした経緯から、三者による共同研究を開始しました。

2. 研究の概要

 本研究グループが開発した、放射性セシウムに対する新たな移行抑制技術の特徴は、① 放射性セシウムを吸着するベントナイトを森林の腐葉土に散布し、放射性セシウムの植物への再吸収を抑制する、② 放射性セシウムを吸着させたベントナイトの低地への移行を、正電荷が過剰のポリイオンコンプレックス(PIC)と負電荷が過剰のPICを使って抑制する、という2つの点です。
 ベントナイトは、大気中および水に溶けた放射性セシウムを吸着することで知られています。腐葉土中において有機物と結合して存在するセシウムは、有機物の分解により水に溶け出して植物に吸収される可能性がありますが、ベントナイトに強く吸着・固定されることで、植物への再吸収の抑制が期待されます。
一方、放射性セシウムを吸着したベントナイトの粒子は、泥水に混じって低地へ移行する可能性があります。これを抑制する方法として、本研究グループでは、チェルノブイリ原子力発電所事故の周辺地域で使用された、PICを活用した土壌固定法に着目し、福島での放射性セシウムによる汚染に対応するように技術開発を行いました。従来のPICは、正電荷をもつ高分子と負電荷をもつ高分子を1:1で混合することで生じる沈殿物で、粘性が非常に高いゲル状の物質ですが、塩化ナトリウムなどの無機電解質を加えることで溶解し、低粘性の水溶液として散布することができます。一方で、無機電解質は環境に影響することがあるため、茨城大学の熊沢研究室では、無機電解質を使用せずに沈殿を防ぐ方法を開発し、正電荷が過剰なPICと負電荷が過剰なPICのコロイドを調製することに成功しました。また、日本原子力研究開発機構では、環境に悪影響を及ぼさない無機電解質を用いる方法を検討中です。ベントナイト粒子は、その表面が負電荷を帯びているため、傾斜地のベントナイト散布場所より低い場所に正電荷過剰PICを散布すれば、雨水の流れで移行するベントナイトを静電的な力で捕まえることができます。加えて、正電荷過剰PICよりも低い場所に負電荷過剰PICを散布すれば、ベントナイトに固定されずに残ったセシウム(正電荷を帯びる可能性がある)などの移行も抑制できます。この技術は、里山において、特に、未除染傾斜地から既除染地への放射性セシウムの移行抑制に役立つものです。(図1)

図1 新技術を用いた森林からの放射性セシウムの移行抑制の模式図

 本技術については、福島県飯舘村の森林(里山)を利用した実証実験ならびにモデル装置を用いた野外実験を2015年から開始しました。ベントナイトおよびPICの散布の有無ごとに条件を分けた斜面において、実験開始から3ヶ月後の放射性セシウム濃度の変化を調べたところ、ベントナイトとPICの両方を散布した斜面においては、他の条件に比べて、より多くの放射性セシウムが斜面上部に留まっていることが確認されました(図2)。

図2 福島県飯舘村で実施した実験の手順及び3ヶ月経過後の斜面の放射性セシウム濃度の分布

写真 福島県飯舘村での実証実験の様子(2016年4月21日撮影)

斜面土壌のサンプリングの様子
PICを手にする茨城大・熊沢准教授

3. 成果と今後の展開

 図2に示す実証実験の結果から、腐葉土に散布したベントナイトに放射性セシウムが吸着され、腐葉土の下方の斜面に正電荷過剰PICを散布すれば、負電荷を持つベントナイトは、その位置で保持されることが確認されました。また、正電荷過剰PICを散布した場所よりも低い場所に負電荷過剰PICを散布することで、ベントナイトに未固定の放射性セシウムなどを捕捉し、より確実に放射性セシウムの移行を抑制できると考えられます。また、図1に示す「移行抑制エリア」は、里山と山林(人の出入りが少ない奥山)の間に設置することで、山林から里山へのセシウムの流出を抑制し、さらに、里山と生活圏(住宅地、農地)の間にも設置することで、生活圏を再汚染から二重に守ることができると考えられます。なお、「移行抑制エリア」の上方(傾斜地のより高い場所)においては、植物のセシウム吸収が問題になる範囲に対してベントナイトを散布します。本技術では、降雨や傾斜地での雨水の流れといった自然の力を利用して放射性セシウムの移行を抑制するので、森林生態系を破壊せず、かつ低コストです。また、PICの原料はアイスクリームの増粘剤やリンスの成分として日常的に使用されているものであり、粘土と同様に、無害で大量に調達でき、価格も安価です。低コストで環境負荷を抑えた本技術は、森林生態系を守りながら穏やかに里山を再生できる新たな技術として普及が期待されます。
 今後の展開として、さらに完全なる放射性セシウムの移行抑制を目指し、もみ殻に正電荷過剰PIC溶液を散布したものを詰めた網状の袋を用いた実証実験も実施中です。もみ殻やチップ材は、泥水をろ過するフィルターの役割を果たすとともに、たとえば、もみ殻に含まれるケイ酸体はセシウムを捕捉すると考えられます。もみ殻などは現地調達が可能であり、農業を続ける地域の方々に対する経済的な助けにもなるかもしれません。

以上

【本リリースに関する問い合わせ先】
 株式会社熊谷組 経営企画本部 広報部
 部長 五十川 宏文
 担当 小坂田 泰宏(電話03-3235-8155)

【技術に関する問い合わせ先】
 株式会社 熊谷組 土木事業本部 環境事業部
 部長 田邉 大次郎
 担当 横塚 享(電話03-3235-8653)