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日本企業として香港初の業務参画へ 香港・東部海底トンネルMOM事業

日本企業として香港初の業務参画へ 香港・東部海底道路トンネルMOM事業

国際都市・香港において、熊谷組は半世紀以上にわたり60件以上の建設工事に携わってきた。
プロバーコープ水道トンネル工事を皮切りに、中国銀行タワーや香港文化センター等のランドマーク的建物から地下鉄などの公共物。特に1980年代に建設した東部海底トンネル(Eastern Harbour Crossing:EHC)は、熊谷組が手がけた香港初のBOT(Build Operate Transfer)事業として注目を集めた。
そのEHCが、今年8月に30年の事業期間を満了し、香港特別行政区政府に返還された。そして、返還後の道路の管理・運営・保守は民間事業に委託するという政府の方針を受け、熊谷組は管理・運営・保守事業(Management, Operation, and Maintenance)に参画することを決定した。 香港において、こうした事業参画は日本企業として初めての試みであり、海外における新ビジネスモデルへの取り組みとして大いに期待されている。

※BOT方式(Build Operate Transfer): 民間事業者が施設等を建設し、維持・管理及び運営し、事業終了後に公共施設等の管理者等に施設所有権を移転する事業方式。
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香港東部海底トンネル(Eastern Harbour Crossing)
発注者●香港交通局
構造・規模●海底トンネル 約1.9km 山岳トンネル 約0.4km

MOM事業で新たなビジネス展開へ

2016年、熊谷組は、香港東部海底トンネル(Eastern Harbour Crossing、以下「EHC」)の管理・運営・保守事業(Management, Operation, and Maintenance、以下「MOM事業」)に参画した。熊谷組はこれを海外における新ビジネスモデルへの取り組みの一環として位置づけており、日本企業としては、香港で初の取り組みとなる。

今回のMOM事業の対象であるEHCは、熊谷組が1986年から1989年にかけて建設し、香港初のBOT(Build Operate Transfer)方式による道路運営事業(以下、「BOT」)として手がけてきた。

香港島のクォーリーベイ地区と九龍半島のチャコウリン地区を結ぶ全長2.2キロメートル、片側2車線計4車線、一日あたりの交通量約7万5千台という海底道路トンネルで、1989年の開通から今日まで、香港の人々の暮らしや経済を支える大動脈として重要な役割を担っている。

今年8月6日に30年の事業期間が満了し、施設は香港特別行政区政府に返還されたが、香港政府は返還後のMOM事業を業務委託する方針を打ち出した。これに五社が応札し、香港CITIC社(中国中信股 有限公司)、熊谷組並びに株式会社ニューリアルプロパティの三社による共同出資会社の所有する香港現地法人が落札。香港特別行政区政府運輸署とのあいだでMOM契約を締結し、3年間(2年、発注者側のオプションで1年追加可)の管理・運営・保守業務を行うことになった。

熊谷組は、EHCの建設工事にとどまらず、BOT事業、さらには今回のMOM事業に参画することにより”トータルなインフラ事業”に携わることになった。それを受けて、松田邦紀在香港日本国総領事は「熊谷組による香港でのインフラ発展への貢献は、わが国として誇るべきことであり、今後も香港のインフラ整備に貢献してほしい」と語った。

EHC(香港東部海底トンネル)-2016年現在

CITIC社のVernon F Moore相談役(右)
と樋口社長

半世紀以上にわたり建設事業に携わった熊谷組

香港は、いつの時代も人々を魅了する。その魅力は一言では語れない。例えば、中国の伝統や文化とイギリス植民地時代の影響が交錯し、古さと新しさが渾然一体となって多彩で独特な表情を持っている。または「100万ドルの夜景」に映る、国際都市の眩しいほどの輝き。それとも国土の総面積が日本の淡路島とほぼ同じでありながら、アジア随一の国際的な金融・サービスの中心地としてグローバルなビジネスチャンスを内包し、産業も貿易も確たる地位を占めていること。いずれにしても、ほかに類を見ない世界的な都市として、日々変貌し、つねに異彩を放ち続けている。

熊谷組が香港で初めて手がけた工事は、1961年のプロバーコープ水道トンネルだ。これは熊谷組にとって、海外工事の歴史の幕開けでもあり、日本の建設業界としても戦後初の商業ベースでの海外工事だった。以降半世紀以上にわたり、多くの道路・鉄道トンネル、空港・駅施設、その他中国銀行タワーや香港文化センター等のランドマーク的建築物を含め60件以上の建設工事に携わってきた。それらは香港全土に広がり、いまも人々の暮らしに貢献し、社会を支え、そして香港を代表する建造物となって息づいている。

なかでもビクトリアハーバーを挟み、北に位置する九龍半島と南に位置する香港島を結ぶ海底トンネルは、5本のうち4本を熊谷組が施工している。特にEHCは、香港のあらゆる原動力を支える大きな存在といっても過言ではない。

熊谷組が施工した香港の地下鉄関連工事

BOT方式で海峡を横断するEHCを提案

EHCが建設された1980年代はじめ、当時の香港も今日同様、活気にあふれた魅力的な世界都市だった。人口も増加し、それに伴って車も一気に増え続けていた。そして、都市機能の中枢は今も昔もビクトリアハーバーを挟んだ九龍半島と香港島のごく限られたエリアに集中している。従って、九龍半島と香港島の間を、毎日幾度となく百数十万にも及ぶ人や車が、あわただしく移動を繰り返していた。しかし、ビクトリアハーバーを横断する手段は、フェリーボート、上下四車線の自動車海底トンネル、そして1979年に熊谷組が施工した地下鉄の3ルートしかなかった。現況のままではいずれ人も物も溢れ出し、暮らしや経済に支障をきたすのは目に見えていた。

そこで香港政庁(旧称)は、新たに九龍半島と香港島を結ぶ海底トンネルの建設を計画し、1984年に国際コンペティションを実施した。参加したのは、イギリスをはじめ世界各国から9つの企業グループで、いずれ劣らぬハイレベルな提案での競い合いになった。

当時の香港は、経済の停滞と中国への返還問題などで揺れ動き、インフラストラクチャーへの社会資本がままならない状況であった。熊谷組は、そうした状況を考慮し、民間資本を利用するという画期的な提案を行った。

それは、プロジェクトの企画から建設資金の調達、建設、運営(料金の徴収)、投資資金の回収、プロジェクトの譲渡までを一貫して行うBOT方式を採用し、海峡の東側を道路と地下鉄の併用トンネルで横断させるというEHCプロジェクトだ。

香港政庁は、多くの提案の中から、これが最も優れていると判断し、1985年12月に香港政庁と熊谷組との間でEHC建設における契約・調印を行った。

工事着工から38カ月という、当初の計画よりも約4カ月早い完成となり、1989年8月5日、EHCの地下鉄部が営業を開始、同年9月21日には道路部が開通した。

プロバーコープ水道トンネル
プロバーコープ水道トンネル
ルート9 イーグルネストトンネル
ルート9 イーグルネストトンネル

国際都市香港でさらなる事業拡大を目指す

EHCが開通して30年という時を経た今年、BOT方式での事業期間が満了となり、熊谷組は新たにMOM事業へ参画した。中国本土との経済一体化が進み、ますます世界経済の中心として重要な位置にある香港では今後もMOM事業の案件が計画されている。

熊谷組は今回のEHCのMOM事業を足がかりとして、豊富な施工実績のある当地で、これからも積極的に事業参画し、単なる建設工事だけではなく、インフラ維持・更新の面からも多くの人々や社会に貢献していきたい。また、熊谷組が培ってきた施工技術や道路事業におけるノウハウも、必要に応じて提供したいと考えている。

今回の事業参画について、熊谷組の渡辺裕之国際支店長は、「請負以外の多角的事業の展開という点で意義がある」と述べ、最後に「自社で施工したものは、維持メンテナンスも含め、責任をもってやっていきます」と力強く結んだ。

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中国銀行香港支店
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香港文化センター
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