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KUMAGAI UPDATE 74

事故の収束に向け、粘り強く作業を推進する 福島原子力対策部

東日本大震災から、4年目の春を迎える。
あの日のことは、多くのひとにとって、決して忘れることのできない悲惨で絶望的な出来事だ。
しかし、時間を経るごとに復興事業が着実に進み、失っていた喜びや希望を取り戻して、
新たな一歩を踏み出し始めている被災地が増えていることも事実だ。
その一方、一部の地域では、未だ厳しい現実に直面している被災地もある。
震災時の事故により大量の放射性物質に汚染された、
東京電力福島第一原子力発電所及びその周辺数十キロメートル圏内もそのひとつだ。
熊谷組は、震災直後から今日まで、発電所及び同周辺被災地域に対し、
事故収束へ向けての過酷な作業に取り組んできた。
今回、いち早く現地に設置された「福島原子力対策部」を拠点に、
こうした作業に従事している社員たちの想いと、現場の今をリポートする。

事故の収束に向けて取り組む「福島原子力対策部」

2011(平成23)年3月11日14時46分、宮城県沖で日本観測史上最大の地震が発生。その約一時間後、誘発されて起こった巨大な津波が、東京電力福島第一原子力発電所を襲った。

津波による電源の喪失で、1号炉・2号炉・3号炉で炉心溶融(メルトダウン)し、大量の放射性物質が漏洩。さらにその後、建屋の爆発など相次ぐ過酷な事故に見舞われ、わずか数日の間に、発電所から数十キロメートルの範囲にわたる地域が、放射性物質によって汚染された。圏内の住民に対する避難命令も出され、日増しに状況は厳しいものとなった。

あれから四年という歳月が流れ、事態は収束に向けて動き出している。大量の放射性物質に汚染された地域は、地道に行われた除染作業により、徐々に環境が整備されつつある。発電所内では、最も放射線量の高い現場でありながら、震災復旧及び廃炉へ向けての作業が粛々と進められている。

福島原子力対策部

こうした地道な作業の一端を担ったゼネコンのひとつが熊谷組だ。震災直後から、発電所のがれきの撤去や道路の補修などを積極的に行ってきた。また、震災の年の7月には、事故の収束に向けた取り組み体制を強化するため、東北支店に「福島原子力対策部」を設置した。ここを拠点に、営業から施工までの一貫体制を構築して、発電所関連工事のみならず、福島県内のお客様からの復旧・復興支援要請に対しても迅速に対応し、今日まで粘り強くさまざまな作業に従事してきた。

半世紀近くにわたり培った信頼と高い評価

熊谷組は、どこよりも初動対応が速かった。それは、熊谷組と東京電力福島第一原子力発電所との、半世紀近くにわたる長い歴史がある。発電所1号機建設が着工された1966(昭和41)年に、熊谷組は敷地造成、冷却水路関係、物揚場護岸といった土木工事等を請け負った。以来、今日まで発電所の元施工から改良工事等やメンテナンス工事に至るまで、途切れることなくさまざまな工事に携わった。そのことで得た高い評価と、長きにわたり培ってきた信頼はゆるぎない。

現在、福島原子力対策部を統括する今野穗信部長は、この現場には縁がある、と笑う。入社して初めての現場が福島第一原子力発電所の建設工事で、その後も電力関係の工事に携わってきた。そうした実績と経験が買われたのか、震災の翌月には、第一原子力発電所の緊急対応の責任者となり、現場を指揮した。

第一工事所の斎藤紳逸工事所長は、当現場に赴任して既に十年以上になる。あの日も、震災直前まで、熊谷組の社員及びその関連の作業員四十人ほどで、発電所内の変圧器や放水管、配管メンテナンスに伴う土木工事を行っていたという。

当時、熊谷組の社員誰もが、事態を正確に把握できず、情報が錯綜するなか、「我々にやれるミッションを、とにかく精一杯やらなければ」という使命感だけで動いていた、と振り返る。そのことが、何よりも長い歴史の深さを物語っている。

今野穗信 部長
今野穗信 部長
斎藤紳逸 第一工事所長 前渋卓郎 第二工事所長 柘植祥二郎 第三工事所副所長
斎藤紳逸 第一工事所長   前渋卓郎 第二工事所長   柘植祥二郎 第三工事所副所長
木村 晃 作業所長 錦 辰太郎 副部長 長嶋淳一郎 作業所副所長
木村 晃 作業所長      錦 辰太郎 副部長     長嶋淳一郎 作業所副所長

正しい放射線の知識を伝え現場を理解して欲しい

無我夢中で過ぎてきたであろう年月の重みを、いま改めて知るために、福島県双葉郡広野町にある熊谷組「福島原子力対策部」を訪ねた。

多忙ななか、各所でさまざまな復旧・復興工事に携わる責任者に現状の様子を聞いた。

「いまは震災直後に比べて、作業エリアの放射線量も減少し、作業環境もだいぶ改善されてきましたね」と、今野部長が口火を切った。やはり一番きつかったのは、震災後一年半くらいの間でした。三年ほど前、ここに事務所と宿舎を構えてからは、社員・作業員共に落ち着いたという。

震災直後から現場にいる福島第一原子力作業所副所長の長嶋淳一郎は、「それでも、工期の問題や状況の変化で、日曜祭日の返上や昼夜の対応など厳しい仕事が多い」と、通常の現場と違い、なかなか予定通りの工程管理ができないことを指摘した。

また、放射線量の高い場所については、長時間の作業は難しく、時間によって作業員を交代することは止むを得ない。それに対応できるだけの人員を常に確保しておくのも、スムーズな進行を行うには不可欠だ。そこで、一時保管する放射線量の高いがれき類の積込み・集積は無人化機械施工を導入し、オペレーターの被爆低減にも努めている、と付け加えた。

第一工事所・福島第一原子力排水作業所の木村晃所長は、こう話す。「テレビや新聞などで、放射線といえば怖いもので、そういう現場にいる我々の仕事についても、まず恐ろしいという見方をするでしょう。だから、ひとが集まりにくい。もっと、正確な情報を伝えて欲しいですね」。この発言には、同席した社員たちからも賛同する意見が続出した。明らかに、このことも、人員を確保できない理由のひとつかもしれないのだ。

確かに、放射線は目に見えないものである分厄介だし、基準値を超えて大量に被爆すれば、健康への影響もある。しかし、正しい知識のもとに接すれば、自己防衛のコントロールが可能である。現に彼らは、四年もの間、健康を損ねることなく、そうした過酷な現場で日夜仕事をこなしているのだ。

さらに、独自で導入した放射線業務従事者情報(ラジウムシステム)を利用することにより、作業員の安全性も保たれ、ローテーションも組みやすくなっていると聞く。

第一原子力発電所・雨水管の付替え工事(φ2400ダクタイル管)
第一原子力発電所・雨水管の付替え工事(φ2400ダクタイル管)
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第一原子力発電所・港湾への放流(本設排水口)
第一原子力発電所・港湾への放流(本設排水口)
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蕨平地区減容化処理事業:土木・仮設排水工
蕨平地区減容化処理事業:土木・仮設排水工

膨大な時間の果てに復興をめざして

現在進行している作業についても、さまざまな話が出た。

震災の三年前から現場に携わっている、設計・工務グループの錦辰太郎副部長から「発電所での雨水排水工事や敷地造成工事にしても、実は大がかりな工事で、その規模はほかの現場と変わらない。また、自分たちが携わる現場がテレビや新聞で紹介されれば、当然やりがいも出てくる」のだと聞かされた。どうしても、作業イメージは地味なものを想像しがちだが、熊谷組ならではの技術や経験が活かされる大工事も行われているのだ。

また、今現在、飯舘村蕨平地区で減容化処理(*)施設を担当する、第三工事所の柘植祥二郎副所長は、作業内容は単純でも、他人の土地に入る行為である以上、「作業に関わる作業員と、住民とのコミュニケーションが大事になる」と言う。それに大きく頷いたのは、同じく桑折町飯舘村・大熊町などで除染作業を担当する、第二工事所の前渋卓郎工事所長(現・土木工事部長)だ。そして「復興は、決して金儲けじゃない。多くのひとから『ありがとう』という感謝の気持ちを頂くことが我々のモチベーションとなる」と語ってくれた。

桑折町には、昨年5月、風評被害の払拭と、福島県への理解を深める目的で安倍総理大臣が視察に来られ、除染作業員を激励したというニュースも記憶に新しい。また、同じく、『献上桃の郷、桑折町』を舞台にした映画も制作され、話題を呼んでいる。時を経ることで、閉ざされていた物事がオープンになっていくことは、悪いことではない。

「福島原子力対策部」が請け負うのは、地道に目の前のことを消化していくような作業が大半であり、通常の現場に比べれば、それほどアナウンスされることもない。さらに、この現場の収束までには何十年という膨大な時間が必要だ。それでも、復興に向かって進むためには、今日の一歩がなければ、明日の二歩目はないということだ。

四年という歳月がもたらす想いは、人それぞれで違うだろう。しかし、いま言えることは、こうした出来事があったことを風化させてはいけないということ。そして、被災地の人々の復興を願う切なる想いを、ずっと忘れないで欲しい。

*減容化処理:大量の除染ごみ等の廃棄物を、焼却処理などを行い、容積を減少させること。

蕨平地区減容化処理事業:法面保護・緑化工
蕨平地区減容化処理事業:法面保護・緑化工
蕨平地区減容化処理事業:伐採木破砕工
蕨平地区減容化処理事業:伐採木破砕工
JR桑折駅前広場 インターロッキングの除染(吸引式高圧洗浄作業)
JR桑折駅前広場 インターロッキングの除染
(吸引式高圧洗浄作業)
ホタルで有名な桑折町の宿泊温浴施設「うぶかの郷」での土壌の除染
ホタルで有名な桑折町の宿泊温浴施設
「うぶかの郷」での土壌の除染
国の重要文化財「旧伊達郡役所・美術館(併設)」での土壌の除染(表土剥ぎ取り作業)
国の重要文化財「旧伊達郡役所・美術館(併設)」
での土壌の除染(表土剥ぎ取り作業)

 

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熊谷組は、東北各地への支援活動と復興工事に貢献しています。

熊谷組は、東北各地において、甚大な被害を受けた空港、鉄道や道路をはじめ、堤防など多くの復旧工事に貢献しています。これからも熊谷組は、総力をあげて一日も早い被災地の復興に取り組んでまいります

仙台空港全面復旧工事 - 宮城県
仙台空港全面復旧工事

発注者●仙台空港ビル株式会社

震災の翌日から支援活動と復旧作業を開始。同年4月には臨時便の運航を再開、7月には国内定期便の運航をもとに戻すなど、急ピッチで復旧作業を推進し、震災からわずか半年余りで全面復旧を成し遂げました。

三陸鉄道南リアス線 盛・吉浜間災害復旧工事 - 岩手県
三陸鉄道南リアス線

発注者●独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構

盛駅から吉浜駅の約21kmの区間で、津波に流された軌道の盛土や法面の復旧、橋梁・橋脚などの修復作業に従事。平成25年4月3日には「南リアス線」の運行再開式典が行われ、新たな出発となりました。

亘理・山元農地海岸特定災害復旧事業 - 宮城県
亘理・山元農地海岸特定災害復旧事業

発注者●農林水産省 東北農政局

仙台市から亘理郡山元町までの海岸線が、津波によって広く全壊・半壊。農地や海岸を守るため、海岸線に堤防を築造しました。亘理・山元海岸堤防応急復旧(その3)工事が、「平成24年度東北農政局長優良工事表彰」、吉田砂丘海岸堤防災害復旧(その11)工事が、「平成26年度東北農政局長優良工事表彰」を受賞。

国道45号釜石山田道路工事 - 岩手県
国道45号釜石山田道路工事

発注者●国土交通省 東北地方整備局

岩手県釜石市と山田町を結ぶ23kmの自動車専用道路工事のうち約2.8kmを担当。復興道路の整備を効率的に推進するため複数の工種・構造物を一括して施工する「大ロット工事」です。熊谷組(JV)は、大小4つのトンネル(八雲第1、第2、第3及び水海トンネル)や大規模な盛土・補強土擁壁、184mの橋梁上部などを施工。


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